2018年11月12日更新
こんにちは、心リハ太郎です。
体力とはなんでしょうか?
力が強いこと?
疲れにくいこと?
「体力」といったときに筋肉を想像する人は一般の方だけでなく、医療者にも多くいます。
もし筋肉=体力だとすれば、筋肉がたくさんあるボディビルダーは最高に体力があるはずです。
でもボディビルダーは別にマラソンやウェイトリフティングの大会で優勝するわけではないですよね?
つまり筋肉がある= 体力がある、とは必ずしもいえないということです。
体力には様々な定義や分類があります。
体力とは | 健康長寿ネットをご覧頂くと、詳しい分類がわかります。
一般的にはストレス(身体や心に対する負荷や変化のこと)に対する耐久性を持つことを体力といい、様々な構成要素からなります。
力の強さを指す言葉は筋力です。
力が強ければ、力の強さを必要とする環境で生き延びることができます。
では疲れにくいこと、耐久性が高いことを指す言葉はなんでしょうか?
疲れにくさや耐久性の高さを指す言葉は、専門的に「運動耐容能」といいます。
運動耐容能は、総合的な体力といってもよいもので、強い負荷でも持続して動き続けられる能力のことをいいます。
今回の記事は、この運動耐容能についての話です。
- 運動耐容能と酸素摂取量の概要
- 運動耐容能と酸素摂取量を理解するための大事な言葉
- ATP(アデノシン三リン酸)
- 酸素搬送系
- 酸素摂取量(VO2)とは
- 運動耐容能を測定するのがCPXの狙い
- Fick(フィック)の理論式
- 心臓が弱ると体力が落ちる
- おすすめ書籍
- まとめ
運動耐容能と酸素摂取量の概要
運動耐容能を表すのに使われるのが、体の中で使われる酸素の量を測った酸素摂取量(VO2)という数値です。
マラソンやサイクリングをする人にはVO2 max(最大酸素摂取量)という言葉がおなじみかもしれません。
また心臓リハビリテーションに関わる人ならばpeak VO2(最高酸素摂取量)という言葉を聞いたことがあるでしょう。
VO2 maxやpeak VO2は体の中で使える酸素の最大量を表した数値で、数値が高いほど体力(運動耐容能)が高く、強い負荷に長く耐えることができることを示します。
VO2 maxの簡易的な測定法
VO2は、20mシャトルランテストやクーパーテスト(12分間歩行試験や6分間歩行試験)、最近ではGarminやApple Watchなどの脈拍計でも簡易的に測定することができます。
Garmin
Apple Watch
20mシャトルランの結果から酸素摂取量に換算する方法はこちらをご覧ください。
文部科学省 新体力テスト実施要項(20〜64歳対象)PDFファイル ※最終ページに20mシャトルランテストの酸素摂取量換算表あり
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/sports/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/07/30/1295079_03.pdf
CPX(心肺運動負荷試験)がVO2の正確な測定法
しかし、上で紹介した方法はあくまで推定値であり、VO2の正確な測定には、心肺運動負荷試験(CPX: cardiopulmonary exercise test)が使われます。
CPXについては後で詳しく説明します。
VO2 maxとpeak VO2はどう違う?
VO2 max(最大酸素摂取量)とは負荷を増加させ続け心肺機能が限界を迎えた時の酸素摂取量です。
peak VO2(最高酸素摂取量)とは筋力不足や医学的な安全限界・本人の自覚的限界で負荷が終了した時の酸素摂取量です。
VO2 maxが本当の意味での運動耐容能ということです。
ただし、心臓病の患者さんや高齢者などの運動耐容能測定ではVO2 maxを求めるのはリスクが大きく、また非現実的です。
そして中年以降(40代〜)でも、高血圧や脂質異常症、糖尿病や肥満、喫煙などによる動脈硬化が進んでいる可能性が高く、強い負荷では脳や心臓の血管が破綻する危険があるため、よほど日常的に運動を行なっている人以外でVO2 maxを測定するのは、やはりリスクを伴います。
基本的にはリスクのない範囲でしっかりと負荷を掛け切って出したpeak VO2で問題ないため、心臓リハビリテーションの領域ではpeak VO2を用いるのが普通です。
VO2が重要である最大の理由
VO2が表す運動耐容能がなぜ重要なのかといえば、それはひとえに寿命(専門用語では生命予後)に関係するからです。
健康な人でも、心臓病などの病気をもった人でも運動耐容能が高いほうが健康で長生きしやすいし、運動耐容能が低いと病気になりやすく早死にしやすいことが大規模な調査で分かっています。
つまり体力がある人は健康に長生きしやすい、ということです。
全身の機能がVO2に関係する
そして、この運動耐容能には筋肉だけでなく、血管、心臓、肺、そして一つ一つの細胞の機能まで、全身の様々な能力が関わります。
運動耐容能は総合的な体力の指標といっていいでしょう。
筋肉だけ鍛えてもダメ
どれだけ筋肉を鍛えても、高血圧やコレステロール異常、糖尿病を放置して心臓や肺が悪くなれば運動耐容能は低下し、疲れやすく持久力のない身体になります。
また血管が悪くなれば脳梗塞や心筋梗塞などの病気になり、動きたくても動けない身体になることもあります。
例えば、運動はたくさんするけど、タバコを吸って好きなもの好きなだけ食べてという生活をしていれば、心臓や肺や血管(脳や心臓)を悪くしてしまい、自慢の体力はおしゃかになります。
ですから体力をつけたいと思って激しい運動をしながらも、禁煙も節制もせず、心臓や肺を悪くするような生活を送っている人は、長い目で見れば確実にどこかのタイミングで病気になり運動耐容能が大きく落ちますので、厳しい言い方をすれば矛盾した行動をとる非効率的な人間とも言えます。
動かないのもダメ
逆にどれだけ心臓や肺が健康でも、全然動かないことで筋力や血管、細胞の機能が弱くなれば運動耐容能は低下し、動けない身体になっていきます。
よくあるのは、心臓病は軽症なのに心臓病だからといって心配で安静にして暮らしているため、筋肉が落ち、結局心臓が悪い人と変わらない運動耐容能になるというパターンです。
理由に関わらず運動耐容能が低いことが大きな問題
重要なのは、何が原因であっても運動耐容能が低くなれば健康寿命や生命予後は短くなるというその事実です。
このような意味で、体力 = 筋力と考える人が一般の方や心臓病の患者さんだけでなく、医療者にも多くいるのは残念な限りです。
もちろん筋力は重要ですが、ここまで説明した通り、運動耐容能はもっと重要だからです。
運動耐容能の本当の意味を知れば体力の見方が変わる
さて、これで導入編は終わりです。
ここから、
- 運動耐容能を測定するためになぜ酸素摂取量を測定するのか
- 酸素摂取量とは何を表しているのか
という話に入ります。
運動耐容能を表す酸素摂取量(VO2)とはどういうものなのかが分かれば、自ずと運動耐容能とは何かが理解できるでしょう。
ですので
- 日ごろから運動療法の処方や指導をしている医師や理学療法士
- 日常生活指導を行う看護師
- 心臓リハビリテーション指導士を受ける人
- 臨床や研究でCPXを使っている人
- トレーニングでVO2 maxやpeak VO2を上げたい方
は是非この記事を読んでみて下さい。
人間にとって酸素がなぜ重要なのかが理解できると、同じものを見ているようで違う世界が見えてくることが、だんだんと分かってくるはずです。
運動耐容能と酸素摂取量を理解するための大事な言葉
まずは、この記事で出てくる大事な言葉をまとめておきます。
意味はわからなくても、単語を見たことがあるだけで頭に入りやすくなるので、ひととおり眺めておいてくださいね。
- ATP(えーてぃーぴー)
- 酸素
- ミトコンドリア
- 酸素搬送系(さんそはんそうけい)
- 酸素搬送能(さんそはんそうのう)
- VO2 (ぶいおーつー)
- 心拍出量(しんはくしゅつりょう)
- Fickの理論式(ふぃっくのりろんしき)
それではまず運動耐容能の本体とも言えるATPの話から始めましょう!
ATP(アデノシン三リン酸)
ATPとは生体内のエネルギー通貨と言われる
アデノシン三リン酸
という物質で
読み方は、えーてぃーぴー、です。
酸素摂取量(VO2)の話なのに、いきなりATPという難しそうな言葉が出てきて面食らうかもしれません。
あるいは生物の授業で習ったような・・・?という人もいるかもしれませんね。
ATPはVO2を理解する上でとても重要です。
なのでATPという言葉だけは何がなんでも覚えて下さい。
ATPって何?なぜ大事なの?
ATPとは簡単にいうと、
人間の身体の中のあらゆる仕組みを使うためのエネルギー源
です。
車にとってのガソリンです。(最近は電気自動車もありますが^ ^;)
ATPがなければ人間の身体は動きませんし、生命維持もできなくなります。
つまり、人間はATPなしに生きることも動くこともできないのです。
はじめにVO2は運動耐容能の指標と言いましたが、実際はこのATPの代わりに測定されているものです。
「ATPがなぜ重要なのか」
「どうやって作られるのか」
を理解すると、
「なぜ酸素が大事なのか」
「VO2とは何なのか」
を理解できます。
究極的にはATPをたくさん使える身体こそが体力が高い身体であると言えます。
それが分かれば運動耐容能を上げるのにただ筋トレだけすればいいってもんじゃないことが理解できるようになります。
ATPを理解することが酸素摂取量(VO2)、すなわち運動耐容能を理解するための近道です。
ですから、できるだけ分かりやすく説明していきたいと思います。
はじめはATPがどのようにして作られるか、の話からです。
ATPは基質と酸素を使ってミトコンドリアで作られる
みなさんは毎日食事をしていますよね?
なぜ食事をするのでしょうか?
お腹が空くから?
それも正解です。
しかし正しくは「生きるのに必要なエネルギーを体外から得るため」です。
人間は自分だけでエネルギーを作れない
地球上にあるほとんどのエネルギーは太陽によってもたらされたものです。
葉緑体をもつ植物は光合成によって太陽光のエネルギーを生命エネルギーに変換して、成長し、生命維持しています。
しかし人間を含む動物は光合成ができる植物と違い、太陽の光からエネルギーを作り出すことができません。
そのため、太陽の光を吸収してエネルギーに変えた植物や、その植物を食べて大きくなった動物を食べてエネルギーとして利用しています。
これが体外からエネルギーを得る、ということです。
分解された食べ物がエネルギーに変わる
みなさんが食べるご飯やお肉や脂肪やポテチなんかは、植物や動物が溜めたエネルギーによって作られたもので、食べた後は体の中で分解されていきます。
なぜ分解されるかというと、そのままでは人間の体内では使えないからです。
人間の体内で使えるように、目に見えなくなるほど分解されて、ブドウ糖などの分子の状態になると、細胞の中に取り込まれます。
ブドウ糖などが細胞の中(細胞質基質)に取り込まれて分解されると、ほんのわずかだけATPが作られます。
しかし、このわずかなATPでは生命維持のためのエネルギーが足りないので、細胞内のエネルギー生産工場であるミトコンドリアに材料を渡すようになっています。
このミトコンドリアで様々な加工がされ、最後に酸素を加えると大量のATPが出来ます。
(この辺について詳しく知りたい方はクエン酸回路ー電子伝達系などで調べてください。)
ミトコンドリア
このようにして、人間は身体の外にある太陽の光から作られたエネルギーを、酸素を使って身体の中で使えるATPに変換しています。
食物連鎖というのは実はこのような仕組みになっており、ATPを作ることが生命活動の大きな目的なのです。
ATPを分解してエネルギーを得る
ATPは高エネルギー物質です。
アデノシンという物質に3つのリン酸がくっついてエネルギーを蓄えています。
Tというのはtri(トリ)、3つという意味で、トリプル(3つが一緒になっていること)とか、トリリンガル(3カ国語を話せること)などで使われますね。
このATPからリン酸が1つ離れて、ADP(アデノシン二リン酸)に変化するときに、たくさんのエネルギーが放出されます。
最初に説明したように、あらゆる生命活動は全てこのATPから放出されるエネルギーを使って営まれています。
人間を構成する一つ一つの細胞が生きて活動していくためのエネルギー源、それがATPなのです。
ATPがなければ生命維持ができない
脳、心臓、肺、筋肉、皮膚に至るまで、体内にある全てのものがATPによって維持・動作しています。
ATPがなければ細胞が動かなくなりますし、最悪細胞が死にます。
心筋梗塞や脳梗塞といった病気は、血管が詰まった結果、酸素が届かなくなりATPが不足した細胞が壊死することで起こります。
最も大量のATPを使うのは脳です。
身体のあらゆる調節と認識・思考を担う脳細胞でATPが不足すれば脳死が起こり、生命維持ができなくなります。
つまりATPは細胞にとって、我々人間の「食べ物」みたいなもので、それが無いと細胞が死に、場合によっては人間本体も死んでしまうということです。
そして、人間が食事をしなければ餓死するのは、食べ物を分解して得るエネルギーが細胞に届かなくなり、ATPが不足して生命活動が維持できなくなるからです。
ATPは貯蔵できない
ATPがなぜ重要かはお分かりいただけたでしょうか。
しかし、こんなに大事なものなのに、ATPは貯めておくことができません。
炊いたご飯がすぐ腐ってダメになるようなものです。
また他の場所で作ったATPを運んでくることもできません。
なので、使う場所(それぞれの細胞の中)で黙々とATPを作り続けるしかないのです。
基質は有限だが貯蔵できる
ATPを作るためのエネルギー源を基質といい、主に食べ物を分解してできる糖や脂肪が基質にあたります。
上で言ったご飯とかポテチなどを分解したものですね。
この基質は脂肪やグリコーゲンなどの形である程度細胞に貯めておき、必要な時に使うことができます。
お腹や二の腕についた脂肪は、余ったエネルギーを貯蓄するためのものです。
食べ物が手に入らず、飢餓状態(きがじょうたい)になったときのための予備タンクといえます。
なぜ基質は貯めることができるのでしょう?
それは自然の中で生きていると、食べ物は簡単に手に入らないからです。
先ほど申し上げたように、人間は自分だけではエネルギーを作ることができません。
ですから人類の数万年の歴史は、ほとんどが飢えとの戦いでした。
いつ食べ物が手に入らなくなるか分からない、いわばサバイバル状態が数万年続いていた訳です。
ですから、少しでも食べ物に余裕のあるときには、余分なエネルギーを脂肪として蓄える仕組み※が身体の中にあるのです。
※だから食べすぎると太るのですね
しかし、長い年月をかけて、人間は耕作・牧畜をして食べ物を自分で作れるようになり、それを加工したり、冷蔵・冷凍して貯蔵することもできるようになりました。
このように食料の製造・備蓄ができるようになり、現代の日本を始めとした先進国では基質がない、という状態にはなりにくくなった訳です。
※ただし発展途上国や戦争・災害などでの食料不足、入院に伴う栄養投与不足などでは、基質不足は起こり得ますので、あくまで通常の生活において、ということです
酸素は体外にほぼ無限にあるが体内に貯蔵できない
一方で、ATPをつくるためのもう一つの材料、酸素は空気の約20%を占め、その空気は至るところにあります。
普通に呼吸をしている限り、そして水中に潜ったり、高い山に登ったりして、酸素の不足する場所に行かない限り、酸素が足りなくなることは、まずありません。
しかし空気に触れられない体内は別です。
身体の中は、放っておけばすぐに酸素が足りなくなります。
そして酸素はATPと同様に身体の中に貯めておくことができません。
息を吸ってそのまま我慢しても酸素が身体に貯まるわけではないですよね。
そのため酸素は常に細胞に送り届けられている必要があります。
酸素が身体の奥深くの細胞に絶え間なく届くことで、貯めておけないATPを作り続け、生命を維持することができるのです。
問題は身体の外には豊富にある酸素を、どうやって体内の約100兆個(!)あるといわれる大量の細胞に絶え間なく運び入れるか。
ク◯ネコヤ◯トもたじろぐかもしれない、この過酷な運送業。
この難問を克服するためにあるのが酸素搬送系という仕組みです。
酸素搬送系
酸素は口から気管支を通して体内に入った空気に乗って肺で取り込まれ、血液(赤血球)に乗り、心臓のポンプで押し出され、血管の中を流れて身体中の細胞に運ばれています。
約100兆個ある細胞の全てに絶え間なく酸素を送り続ける経路が先ほど述べた酸素搬送系です。
酸素搬送系とは、酸素を運ぶシステム、という意味です。
この酸素搬送系をわかりやすく示したのが、ワッサーマンの歯車です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcsc/14/1/14_KJ00004289283/_article/-char/ja/より引用
ワッサーマンという運動生理学で有名な学者が示した図式で
肺 → 血液 → 心臓 → 血液 → 筋細胞 → ミトコンドリア
という順番に酸素を運ぶ仕組みを歯車に例えた図です。
図の左に行くほど酸素が体内の奥深く(細胞レベル)に潜っていくというイメージでよいでしょう。
この歯車のうちのどこかが回らなくなると、ATPをつくる1つ1つの細胞に酸素がうまく運ばれなくなることが分かります。
身体の外には使いきれないほどある酸素ですが、酸素搬送系に問題があると身体の奥の方では酸素が不足してしまいます。
つまり酸素不足によってATPが作られなくなり、エネルギーが不足します。
心臓や肺の病気がなぜ悪いのか?
その答えは、ワッサーマンの歯車の重要な構成要素である肺や心臓の歯車の故障で酸素搬送系全体がうまく回らなくなり、ATPをつくる仕組みが破綻しやすくなるからです。
心臓や肺が重要な理由は単純明快です。
それは酸素搬送系において、酸素を体内に取り込む入口が肺であり、酸素を細胞に送り届ける動力源が心臓だからです。
生命の源であるATPは肺と心臓に運命を握られているといっても過言ではありません。
心臓リハビリや呼吸リハビリは酸素搬送系の障害が対象
ここまで説明してきたように、ATPこそが生命活動の源であり、ATPを作るためには酸素が、そして肺や心臓の働きが重要です。
心臓リハビリテーションや呼吸リハビリテーションとは、酸素搬送系の能力(酸素搬送能)が病気や廃用症候群により低下し、生活や身体活動に支障をきたした人を対象にしたリハビリテーションである、ということができます。
酸素搬送系を漫画で分かりやすく理解できるおススメ本
ちなみに『はたらく細胞』というマンガでは、この酸素搬送系、特に酸素の重要性がよく分かります。
2018年10月現在、Kindle版は1巻が無料で読めますのでよろしければ試しにどうぞ。
ここまでのまとめ
ここまでの話で、なぜ酸素が大事なのか、そして酸素搬送系を使ってATPを作る仕組みが回っているということが、ご理解いただけたでしょうか。
大事なのは以下の3点。
- ATPは全ての生命活動の源(みなもと)であり、一瞬たりとも欠かすことのできないものである
- 酸素はATPを効率よく大量に作るための必須物質である
- 酸素搬送系は酸素を身体の奥深くまで届けるための心臓と肺を中心としたシステムである
- 酸素摂取量の測定方法について
- 酸素摂取量に関わる酸素搬送系の能力
酸素摂取量(VO2)とは
酸素がいかに重要か、ということをご理解いただいたところで、いよいよここからは
- なぜ運動耐容能の測定では酸素摂取量(VO2)を使うのか
- VO2には何が関わるのか
について説明していきたいと思います。
ATPの需要に応じて酸素消費が起こる
ATPは
- 心臓を動かす
- 筋肉を使って身体を動かす
- 脳を働かせる
など人間のあらゆる身体活動・知的活動で使われます。
ATPを作るときに使われるのは基質と酸素でした。
ではATPを大量に使うケースにはどのようなものがあるのでしょうか?
マラソン選手の場合
ATPを大量に使うケースの代表格はマラソンでしょう。
マラソンは、数時間走り続ける過酷な競技で、競技中の数時間は筋肉が大量のエネルギー(ATP)を必要とし続けます。
マラソン選手が競技中に特性ドリンクや補食をするのは、エネルギー補給をしなければいけないほどのATPを使い続けるためためです。
安静時に消費されるATPを1とすると、フルマラソンを4時間以内で走るいわゆるサブ4の場合でATP需要はおよそ10倍強、男子の世界記録(平均時速約20km)では約20倍のATPを消費しています。
このような大量のATPの需要が数時間続く場合、身体の中にあるグリコーゲンや脂肪を分解するだけではATPの元になる基質の供給が追いつきません。
そこでマラソン中にドリンク摂取や補食を行い、それを分解して体内で不足したエネルギーを補いながら、自転車操業でATPを作り続けているのです。
このように大量のATPを作るために必要なものはなんでしょうか?
そうです、大量の酸素ですね。
つまりマラソンで走っている時は安静時の10倍から20倍の酸素を消費しているということになります。
走るために酸素を消費しているあらゆる筋肉(骨格筋、心筋、呼吸筋など)の細胞一つ一つに不足なく酸素を送るべく、酸素搬送系つまり肺や心臓がフル活動を強いられるということです。
プロ棋士の場合
将棋や囲碁の棋士が対局中におやつを食べているのをみたことがある方もいると思います。
なんでおやつを食べてるんだろう?と疑問に思ったことはありますか?
このように将棋や囲碁のプロ棋士が、対局中に糖分を必要とする理由は、数時間、場合によっては数十時間におよぶ長い対局中ずっと、常人では信じられないほど脳をフル回転させ続けるからです。
脳は安静時に最も大量のATPを使う臓器ですので、そもそも大量のATPが必要とされるのですが、対局中のプロ棋士の脳はスポーツ競技レベルでATPを長時間使い続けるため、やはり身体の中にためてある脂肪を分解するのでは基質の供給が追いつかないのです。
そういう理由でプロ棋士は対局中にケーキやどら焼きなどのおやつを食べてATPの素となるエネルギーを補給しているのです。
チョコレートにケーキ。「おやつ」で読み解く棋聖戦 《 前編 》 |将棋コラム|日本将棋連盟
この記事ではおやつが2回あると書かれており、おやつの重要性が説明されています。
プロ棋士は、頭をフル回転させて数十手以上先までの手筋を何通り、時には何十通りと頭の中だけで読んでいるそうです。
常人ではとても使わないくらい激しく脳の機能を使っているので、ATPを大量に消費し、同時に大量の酸素を使っているのです。
ですから対局後には体重が減っているという話もあります。
座って将棋や囲碁をしているだけなのに、体重が減るくらいエネルギーを消費しているなんて、ちょっとびっくりしますね。
需要があれば酸素の供給が増え、需要がなければ酸素の供給がへる
先にご紹介したワッサーマンの歯車では1番左端に骨格筋がありました。
しかし、酸素の需要は骨格筋だけで起こるわけではなく、身体でもっとも重要な脳も常に大量の酸素を必要としています。
このように、どこかでたくさんエネルギーを使う状態になれば、つまりATP需要の増加が起これば、酸素需要も増加し、細胞への酸素供給量を増やします。
そして、エネルギー需要がなくなれば、酸素需要もなくなるので、細胞への酸素供給量を減らします。
前述したマラソン選手や棋士も、競技や対局が終われば、ATPの需要は大きく減りますので、酸素の供給量も減り、通常の状態に戻ります。
ここでは、わかりやすくするためにマラソン選手や棋士という極端な例を出しましたが、我々の通常の生活でも、動いているときは酸素需要は多く、安静にしているときは酸素需要は少なくなります。
このように、人間の必要とするエネルギー(ATP需要)は、状況に応じて変化し、ATP需要に応じて酸素供給量が調節されます。
この酸素供給量の調節は、脳を中心とした中枢系の命令に従い酸素搬送系が行います。
ATP需要を直接知ることは難しい
ここまでの話でご理解いただいたように、ATP需要が増えるということは、需要のある場所に運ばなければいけない酸素が増えるということです。
これは
酸素搬送系の仕事が増える
ということであり、言い換えれば
心臓や肺への負担が増える
ということでもあります。
心臓や肺の悪い人にとっては、エネルギーを多く使うような活動・運動は心臓や肺にかなりの負担をかける場合があります。
このような人では、どのような活動がどのくらいのエネルギーを使うのかが分かれば、心臓や肺にかかる負担を推定し、負担を軽減するための対策をとることができます。
しかしここで問題が起こります。
人間の身体でどれだけのエネルギー需要(ATP需要)があるかというのは直接測ることがとても難しいのです。
そのため、全身で使われているATPの量を簡便に知ることは現実的にはほぼ不可能なのです。
では、エネルギー需要を測定することをあきらめるしかないのでしょうか・・・?
エネルギー(ATP)測定の代わりに行われるVO2測定
ここで思い出していただきたいのは、ATPのほとんどは酸素を使って作られるということです。
身体全体で使われたエネルギーを測るより、身体で使われた酸素の量を測る方がはるかに簡単です。
なぜなら、口から出入りする呼吸の量と、呼吸する息の中に含まれる酸素の量を測れば、身体全体で使われた酸素の量が分かるからです。
そして身体全体で使われた酸素の量(O2)を測れば、身体全体で使われたATPの量が推定できるというわけです。
つまり
使われた酸素の量が多い
↓
身体で使われたエネルギーの量が多い
↓
酸素搬送系に負担がかかっている
↓
心臓や肺に負担がかかっている
ということです。
心肺運動負荷試験(CPX)はATPのかわりに酸素を測る検査
心肺運動負荷試験(CPX: Cardio Pulmonary Exercise test)で口にマスクを着ける理由は、先ほど述べたように、口から出入りする酸素の量を測るためです。
吸った息(大気)に含まれる酸素の量と、吐いた息(呼気)に含まれる酸素の量を測定してその差を計算し、体内で使われた酸素の量を算出しています。
これを呼気ガス分析といいます。
日本国内で行われる呼気ガス分析ではブレス・バイ・ブレス法(breath-by-breath)といって、1回の呼吸ごとに分析を行う方法が主流です。
呼気ガス分析の機械は、ミナト医科学社のエアロモニターシリーズと、インターリハ社のCpex-1の二つがシェアのほとんどを占めており、どちらも基本的には同じような機能がついています。
このようにして、CPXでは酸素の量を測っています。
そして、そこからATPの使用量、つまり活動の強さ=エネルギーの消費量を推定しているのです。
CPXで使われる酸素摂取量(VO2)
ではここからCPXで使われる酸素摂取量について詳しく説明していきます。
1分間あたりに消費された酸素の量を酸素摂取量(VO2)といいます。
VはVolume(量)の頭文字、O2は酸素なので、VO2は酸素の量という意味の記号です。
そのままですね。
本当はVの上に1分間あたりの量を表す・(ドット)という記号が付き、正式にはブイドットオーツーと呼びます。
昔からCPXに携わっている先生方は、ブイオーツーと言わずに、ブイドットオーツーという方が多い気がします。
ドットをつけないと1分間あたりの、という意味が加わらないからかなと思っています。
一応正式名称も知っておいた方がよいですね。
基礎代謝量
安静時のVO2が基礎代謝量です。
代謝というのはエネルギー消費のことだと考えて下さい。
基礎代謝量とはその人の全身の細胞の生命維持活動に必要なエネルギー(ATP)量です。
生きるための最低限のエネルギーとも言えます。
本当は臥位(横になった姿勢)で測るのが基礎代謝量ですが、ほとんどの場合はCPXのrest(安静区間)をVO2を基礎代謝量と考えてよいでしょう。
CPXで安静を3分取る方がよい理由は、ある程度状態が落ち着くのに時間がかかることもあり、正確な基礎代謝量を把握しやすいからです。
ちなみに、呼気ガス分析装置を使えば、測定した安静時のVO2からその人の最低限の必要カロリー量も分かります。
1分あたり消費カロリー(kcal) = VO2(ml) × 0.00485
減量や低栄養の改善を目的として厳密に食事量の設定などを行いたい場合は、臥位や椅子座位でのVO2測定を行い、基礎代謝量を調べるとよいでしょう。
運動時代謝量
運動させながら測定したVO2は、全身の細胞が運動負荷 + 基礎代謝で利用しているATP量、つまり運動で使われたエネルギー量とほぼイコールです。
下肢に負荷をかけて行うことが多いCPXでは、主に下肢の筋肉で使われたエネルギー量を測定していることになります。
ただ、下肢で使うエネルギー量が増えるということは、酸素を運ぶために心臓や呼吸で使われるエネルギーも増えるということになります。
ですから、CPXでは運動負荷に対して骨格筋だけでなく心筋や呼吸筋も含め、全身の細胞が使っているエネルギーを測定している、と考えておくほうが間違いは少ないものと思われます。
運動様式による違い
ちなみにベルトコンベア型のトレッドミルを使う場合と
自転車型のエルゴメータを使う場合では
使う筋肉の種類や量が変わります。
エルゴメータでは主に大腿四頭筋(太ももの前の筋肉)と臀筋(お尻の筋肉)だけを使う一方で、トレッドミルでは自分の体重を支え、腕を振って歩くため、様々な筋肉を使います。
そのため、エルゴメータに比べてトレッドミルではATP消費量が多くなります。
そのためVO2はトレッドミルに比べるとエルゴメータでは7〜8割程度になると言われています。
人間にとっては歩く能力が非常に重要で実生活にも適応可能ため、トレッドミルでのCPX検査のほうがより実生活を反映した数値がでますが、臨床場面では利便性の高いエルゴメータが使われることが多くなっています。
CPXにエルゴメータを使う利点は
- 身体のブレが少ないため12誘導心電図や呼気ガス分析が正確に行いやすい
- 負荷を少しずつ増やすことが簡単にできる
- サドルに座って行うので歩行が安定しない人でも安全に実施できる
などが挙げられます。
ただし、エルゴメータを使って得られた数値はごく一部の筋群への負荷であり、その結果をそのまま歩行などの日常生活活動動作に当てはめることが難しいケースもある、ということは覚えておいた方がよいでしょう。
運動耐容能を測定するのがCPXの狙い
運動時のATPのほとんどは筋肉が使っています。
骨格筋、心筋、呼吸筋などです。
多くの筋肉が激しく動けば動くほど、たくさんのATPを消費します。
ATPをたくさん使える(VO2が高い)のは体力があるということです。
多量のエネルギーを使う負荷に酸素搬送系が耐えられるということだからです。
このことを専門的には、運動耐容能が高い、と表現します。
逆にちょっとのエネルギーしか使わない程度の負荷でダウンする人は体力がないということです。
呼吸・循環・骨格筋のいずれか、または複数に問題があり、酸素搬送系が強い負荷に耐えられないということでもあります。
この場合は、運動耐容能が低い、と表現します。
運動耐容能はVO2を使って表す
人体を動かすためにその人が最大使うことのできるエネルギー量を調べるのがCPXの大きな目的です。
VO2が体力(運動耐容能)の指標と言われる理由です。
使用可能エネルギー量の最大値をVO2 maxといいます。
これは負荷を増やしても、もうVO2が増えなくなった時の数値のことです。
酸素搬送系の能力の最大値のことだと考えて下さい。
ただし、誰もがVO2 maxまで到達できるわけではありません。
CPXは症候限界性の検査で、症候限界とは
- 本人がもうこれ以上続けられないと感じる胸痛や息切れ、下肢疲労など
- 心電図の変化や不整脈などの危険な所見
- 過度の血圧上昇や低下などの危険な所見
- 呼気ガス分析でのVO2上昇不良
- 意識低下や冷汗などの中枢症状の出現
などのことです。
心臓や肺の悪い人にCPXを行う場合は、本当の限界であるVO2 maxまで検査を行うとリスクが高いため、検査を中断する基準が設けられています。
そのため、CPXで得られたVO2の最大値のことを最高酸素摂取量(peak VO2)と表します。
CPX中のVO2の最高値、つまり消費エネルギーの最大値で、酸素搬送系の能力の最大値ということなので、peak VO2はその人に体力(運動耐容能)がどれだけあるかを示す値、ということになります。
peak VO2には、ワッサーマンの歯車の全ての因子が関与してきます。
どこか弱いところがあれば、そこに引きずられて運動耐容能が低下します。
Fick(フィック)の理論式
VO2がどういうものか、なんとなくわかっていただけたでしょうか?
ではここで一番大事な式をお伝えします。
心臓の能力が体力(運動耐容能)と関係することを示すFickの理論式というものです。
このFickの理論式が理解できればVO2マスターまであと一息です。
Fickの理論式
酸素消費量 = 一回拍出量 × 心拍数 × 動静脈酸素較差
(VO2 = SV× HR × a-vO2diff)
酸素消費量は、心臓が一回に出す血液量と1分間あたりの心拍数に大きく依存するということを表す式です。
あ、ちょっと!まって!帰らないで!戻るボタン押さないで!
この辺の専門用語が出てくると脳が拒否し始める気持ちはよく分かりますが、噛み砕いて説明するのでもう少しだけお付き合いください。
酸素摂取量/酸素消費量(VO2 )
これはまさしくはじめの方で説明した通りで主に筋肉が使うエネルギー量(ATP量)のことです。
でもここで大事なことをいいますよ。
VO2は筋肉が必要とするエネルギー量(骨格筋の酸素需要)なんです。
筋肉に頑張る力がない場合、そんなにたくさんのエネルギーは必要になりません。
例えば100kgのものを運べる人は10kgのものを運べる人よりも多くのエネルギーを消費できます。
逆に言えば筋力が弱い人は絶対にpeak VO2が大きな値になりません。
それは骨格筋が多くの酸素を必要とするほど頑張れないからです。
つまり筋力があることが高い負荷の活動に抵抗できるための必須条件となります。
筋肉の生み出す酸素需要があってはじめて心臓が頑張りはじめる(右辺の式で酸素需要を満たすように心臓などで調節が行われる)ということです。
このようにFickの理論式における左辺のVO2はCPXにおいては主に骨格筋の酸素需要だと考えてもらうのがこの先の理解にとって大変重要となります。
一回拍出量(SV)
一回拍出量(SV: Stroke Volume)とは、心臓のポンプ能力の強さを示すものです。
心臓病などにより弱った心臓は1回の心臓の収縮でたくさんの血液を出すことができません。
どれだけ筋肉が強くても心臓の能力が低ければ筋肉に酸素が十分送られず、筋肉が負荷に耐えるだけの必要なATPが不足し、VO2が大きな値にならない(体力がない)ということになります。
心臓が悪いと体力が落ちる、というのはこういう理由によります。
先ほどの例で言えば、100kgの物を運べる筋力のある人でも、心臓が弱っていて一回拍出量が少ない場合は、筋肉が必要とする酸素を送り切れず途中でへばってしまうため、100kgの物を運べなくなる、つまり体力が落ちるということです。
心拍数(HR)
心拍数(HR: Heart Rate)は1分間にどれだけの速さで心臓が収縮しているかを示すものです。
一回拍出量が一歩の大きさとすると、心拍数は1分間に何歩歩いているかに相当します。
一歩の大きさが変わらなくても歩数が多くなれば歩く速度は速くなります。
これと同様に心拍数を増やすことで1分間あたりに心臓から出る血液の総量(心拍出量)を増やすことができます。
基本的には嫌気性代謝閾値(AT)を超えたあたりから一回拍出量は増えなくなるか減り始めると言われています。
ですのでATを超えた後の心拍出量は基本的に心拍数の上昇に依存します。
これはAT以降のVO2の上昇は心拍数に依存する割合が多いということでもあります。
また弱った心臓でも心拍数をその分増やすことで、ある程度送れる血液量を増やすことができるため、心臓の機能が落ちている人では心拍数が安静時から増加していることもあります。
心拍数は増えすぎると左心室に血液が充分溜まる前に次の心拍を打つことになるため、空打ちが増えて一回拍出量が落ちてしまいます。
特に弱った心臓の場合は心拍数が多くなりすぎると容易に一回拍出量が落ちますので注意が必要です。
このようにVO2を上げるためには心拍数が上がらないといけませんが、心拍数が上がりすぎると逆にVO2が上がりにくくなるという矛盾も出てきます。
もう一つVO2が上がらなくなる要因として徐脈があります。
徐脈のように1分間に50回以下と心拍数が非常に少なくなる場合も、一回拍出量では心拍出量を補い切れなくなるためVO2は低下します。
このようにVO2には心拍数と心拍数による一回拍出量の変化が関与します。
心臓の機能についてはこちらで詳しく説明しています。
動静脈酸素較差(a-v O2 difference)
動静脈酸素較差(a-v O2 difference)とは動脈を流れる血液(動脈血)と静脈を流れる血液(静脈血)に含まれる酸素の差のことです。
動脈血に含まれる酸素を100とすると、静脈を静脈血に含まれる酸素は安静時では75になり、通常では約25%の酸素が末梢組織に配給されています。
これは赤血球のヘモグロビンがもつ酸素を掴む手の数と関係しています。
ヘモグロビンの手は4本あり、1本の手が1つの酸素を持って出発します。
4つの酸素を持って出かけたヘモグロビンは、基本的に末梢で1つの酸素を手離して3つの酸素を持った状態で帰ります。
つまり25%が末梢組織で使われます。
末梢組織の温度が高い場合、末梢組織のpHが低い(酸性度が高い)場合、末梢組織の酸素分圧が低い場合などは、ヘモグロビンが離す酸素の量が増えます。
運動すると末梢の温度が上がり、酸性度が上がり、酸素分圧が下がるのでヘモグロビンから酸素がより多く離れるわけです。
最大では75%の酸素を末梢で放出することができると言われています。
このようにして末梢の環境に応じてヘモグロビンから必要な酸素を取り込んだ結果、動静脈酸素較差が大きくなる、つまりVO2の増加が生じます。
詳しく知りたい方はこの資料を読んでみて下さい。よくまとまっていてわかりやすいです。
http://edwards.jp/jp/wp-content/uploads/2014/10/ecce_svo2.pdf
また、動脈血の酸素量が減ると、使える酸素の絶対量が減ります。
例えばCOPDなどの肺疾患や心不全による肺水腫、先天性の心疾患などで新鮮な酸素と触れ合う血液量が減ると、動脈血に含まれる酸素の量は減ります。
また赤血球の奇形でヘモグロビンの手の数が少ない場合、貧血があってヘモグロビン自体の数が少ない場合なども、動脈血に含まれる酸素の量は減ります。
こういう病態がある場合は、そもそも血液に含まれる酸素量が少なくなるため、動静脈酸素較差は必然的に低下することになり、VO2低下の要因になり得ます。
心臓が弱ると体力が落ちる
心臓が弱るというのは主に一回拍出量が減るということですが、心臓病により体力が落ちるというのは、心臓が弱ることで酸素を筋肉に十分運ぶことができず、エネルギー不足が生じて負荷に耐えられない状態になるということです。
ただ、先ほども述べたようにそもそも筋力が弱っている場合は心臓とは関係なく負荷に耐えられないということになります。
患者さんの体力低下(VO2が低い)ことが、心臓のせいなのか、筋力が弱いせいなのか、その両方なのか、はたまた肺の病気や貧血といった別の疾患が関係しているのかを考えていくことは非常に重要です。
そのために患者さんの心臓の機能(心機能)の判断や、その他の病気が関与しているのかを把握しなければなりません。
これは心臓のエコー検査や血液検査、筋力測定など様々な所見から判断していくことになります。
それについて話すとさらに長くなってしまうため、このあたりの判断方法については別の記事で述べていきますのでそちらをご覧下さい。
おすすめ書籍
循環器疾患のリハビリテーション
少し古い本ですが、循環器疾患のリハビリテーションはこのあたりの考え方を非常に端的かつ分かりやすく理論的にまとめてくれている名著です。
VO2についての理解やCPXについての理解だけでなく病態の理解も含めて、この本を理解すればかなり高い次元で運動療法というものを理解することができるようになります。
持っていない人は是非手元に一冊置いておくと良いですよ。
CPX・運動療法ハンドブック
CPX中の生体反応やそこで起こったことをどう評価するかはCPX・運動療法ハンドブックが詳しく基本的な一冊になります。
実際にCPXを行う場所などに置いておいて、解釈に困った際や考え方のヒントを掴みたいときのために辞書のように使うとよい本です。
運動療法の指針 第8版
また、運動処方の指針は心疾患運動療法の本場アメリカにおけるスタンダードな一冊です。
心リハ太郎が始めて買ったのは第6版でしたが今は第8版が最新版です。
心疾患だけでなく、健常人、高齢者、糖尿病など様々なケースにおいて運動療法、運動負荷試験を行うにあたっての基礎的事項が網羅されており、各患者に対する運動処方の章もありますので、非常に参考になります。
トレッドミルのプロトコールの説明やVO2の説明なども記載されており、CPXや運動処方を行う際にはできれば手元に置いておきたい一冊です。
まとめ
この記事ではATPの重要性とFickの理論式を用いてVO2が生命活動や運動にどう関わるか、また心臓やその他の機能がVO2にどう関わるかをお話ししました。
この記事が、読んだ方のVO2についての理解を深め、臨床に活かす手助けになると幸いです。
特にFickの理論式は思わぬところで役立つ最強のツールです。
ぜひ頭の中に叩き込みましょう。
ではでは。