患者さんの心臓がどのくらい良いのか、あるいは悪いのか、つまり心機能を理解できれば、入院中の離床・運動療法の可否や進行判断ができるようになります。
さらに退院後の心不全管理をどのくらい厳格に行うべきかを判断する助けにもなります。
しかし、そもそも心機能とは何か、何が関与するかを知らなければ始まりません。
今回は心機能とは何か、どのように判断するのかについての話です。
心機能とは
心臓は血管を通じて血液を全身の細胞に運ぶポンプの役割を持つ臓器です。
血液は生命活動で使う酸素とエネルギー源を細胞まで届け、そこで出た二酸化炭素や老廃物を回収するための運河です。
つまり心臓とは血液を使って酸素とエネルギー源を送る輸送機関であり、心機能とは血液を使って全身に酸素とエネルギー源を輸送するための心臓の能力のことです。
ここはものすごく重要な部分で、循環器疾患に関わる人間にとって医師だろうと看護師だろうと理学療法士だろうと絶対に基本にしなければならない知識です。
心臓の動きや構造のことしか分からないと理解できない病態も多々ありますので、心臓が本質的には酸素を運ぶための臓器だということを理解しておくことは必須です。
まずはFickの理論式
心臓は酸素を運ぶための重要器官だとお話ししました。このことを理解するのにもっとも大事なのはFickの理論式です。
Fickの理論式
VO2 = SV × HR × a-v diff O2
酸素摂取量 = 一回拍出量 × 心拍数 × 動静脈酸素較差
Fickの理論式についてはこちらで詳しく説明しています。
この式からは、人間の身体で使う酸素の量は、SV × HR、つまり心臓が1分間に出せる血液の量に大きく依存するということが分かります。
心臓がしっかり血液を出せないと、体力が落ちるということでもあります。
何度も言いますが、循環器疾患を本当の意味で理解するためにはこのFickの理論式を理解することが最重要です。しかし医師でもこの式の真の重要性を理解していない方は意外と多いはずです。
この式を本当に理解できると見える世界がガラリと変わるといっても過言ではありません。何故心不全が増悪するのか分からなかった患者さんのことが急に理解できるようになったり、体力低下に心臓が関わっているのかどうかなども理解する手助けになったりします。
心機能を本当の意味で理解したいのであれば、まずはFickの理論式を理解しましょう。
では、ここから心機能についての説明に移ります。
心機能の4因子
心機能には心臓内の因子と心臓外の因子が大きく分けて4つ関わります。
- 左室収縮能
- 左室拡張能
- 前負荷
- 後負荷
簡単に言うと心臓には
- 筋肉が縮んで血液を押し出す能力
- 筋肉が伸びて広がり血液を吸い込む能力
- 心臓に血液を戻す能力
- 心臓の先に血液を送りやすくする能力
の4つがあるということです。
ではそれぞれについて早速見ていきましょう。
左室収縮能
左室収縮能とは、心臓の筋肉(心筋)がどれだけ収縮する能力があるかというもので、代表的な指標は左室区出分画(LVEF:left ventricular ejection fraction)です。俗に言うEFですね。
EFは心筋の収縮時の動きの良さを見ている指標であり、単位は%です。
一方、心臓が一回の収縮で拍出している血液量の単位はmlです。
EFが良くても必ずしもたくさんの血液量を出せているわけではありません。これは一回拍出量が後で述べる他の3因子や左心室の内腔の大きさに影響を受けるからです。
EFや左室収縮能についてはこちらで詳しく説明しています。
以前より安静時のEFと運動時のEFやpeak VO2と必ずしも関連しないことが報告されており、安静時の左室心筋の動きの良さを表すEFだけでは、動作時や運動時の心臓の機能はわからないといえます。
どのくらいのEFの値ならば単体で心機能を極端に落とすかについては、恐らく絶対的な数値はありませんが、様々なガイドラインを考慮すると40%未満が1つの区切りになると思われます。
ヨーロッパ心臓病学会から出た2016年の心不全ガイドラインでは左室収縮能低下型の心不全(HFrEF)をEF40%未満とし、40-49%を中間型(mid-range)型の心不全(HFmrEF)と定義しています。
HFmrEFでは、収縮能低下以外の心機能低下や構造的変化があることが非急性期心不全の要件になっており、40-49%のEF低下にその他の心機能低下要因が加わると心機能低下のリスクは高まると考えてよさそうです。
ですので、この後に説明する残り3つの因子が大事になります。
左室拡張能
左室拡張能とは、心臓が陰圧によりどれだけ血液を引き込む能力があるかで、代表的な指標はE/e'です。
E/e'の正常値は8未満で、心不全の判定はE/e'≧13です。心筋梗塞後ではE/e'>15が予後不良という報告もあります。
左室拡張能についてはこちらで詳しく説明しています。
理論的には何十年と重要だと言われてきた左室拡張能ですが、検査で詳しく分かるようになったのは本当にこの10年くらいの間です(2017年現在)。
このE/e'という指標が世に出てから臨床に入ってきた人は本当にラッキーです。現在の心臓エコー検査(心エコー)ではE/e'で当たり前のように左室拡張能が分かりますが、以前は全く分からなかったので他の値や心臓の構造変化、病態などから類推するしかありませんでした。
この人は多分拡張能が悪いんだろうなーと思いながらも、それを裏付ける数字がないので歯痒く感じたことは星の数ほどありましたが、今は簡単に分かるので隔世の感があります。
このように個人的には左室拡張能は非常に重要だと考えているので、心エコーの結果にE/e'をはじめとする拡張能の値が載ってないと、がっかりします(そのくらいこの値を臨床で有効活用できるということです)。
エコー検査を測定してくれている人にとっては左室拡張能の測定は仕事が増えるので面倒かもしれませんが、この検査値があることで、患者さんの心臓に関する非常に有益な情報が得られ、下手すると予後にも影響しかねません。
ですので心エコーでは拡張能の測定は必須にしてほしいなあと勝手に思っています。
ちなみに極端にEFが悪いとE/e'は悪くなりますが、逆にE/e'が悪くても必ずしもEFは悪くなりません。
EFが悪いとE/e'が悪くなる理由は、心臓から血液を出して左心室を空っぽの状態にしなければ左心室の前から血液を引き込むことができないからです。
そういう意味でも、E/e'は様々な心臓の状態を総合した優れた心機能の指標だと思います。
前負荷
前負荷とは、静脈から心臓に戻ってくる血液量のことです。この帰ってくる血液量が少ないと心臓が血液を送る量が減ってしまいます。
前負荷の理解の基本になるのはFrank-Starlingの法則(フランク・スターリングのほうそく)です。
スターリングは「心筋の収縮エネルギーは心筋の初期長に比例する」ことを発見した人です。
スターリングの言い方はわかりにくいのでもっと簡単に言うと、心臓の筋肉は引き伸ばされた後の方が強く収縮する、ということです。
心筋を引き伸ばす刺激は、心臓に沢山の血液が戻ってくることで起こります。その刺激が強いほど心筋は強く収縮するというのがFrank-Starlingの法則です。
この左心室に帰ってくる血液を前負荷と言います。
前負荷に関わる因子
前負荷に関係する因子は以下の通りです。
- 循環血液量の低下(出血や脱水)
- 静脈血管の弛緩もしくは血管収縮機能の低下
- 下腿三頭筋による筋ポンプや腹圧によるポンプ
- 呼吸に伴う胸腔内圧の変化
- 右室機能の低下
- 三尖弁や肺動脈弁の異常
- 肺高血圧
- 心房細動
- 僧帽弁の異常
これもわかりにくいのですごく簡単に言うと
- 血液が少ないから戻ってこない
- 静脈が血液を返してきてくれない
- 下肢の筋肉や腹圧が静脈を圧迫する力が弱い
- 右心房や右心室が弱っていて左心房・左心室へ血液を送る能力が低い
- 右室の弁逆流や弁狭窄があり血流が阻害される
- 肺の血管抵抗が強くて右心室から左心房への血流が阻害される
- 心房細動により左心房から左心室への血液流入が減る
- 僧帽弁の逆流や狭窄があって左心房から左心室への血流が阻害される
という感じになります。
前負荷イコール静脈還流量ではなく、このような多くの因子が関係します。
そのため1つだけでなく複数の因子が関与することが多いです。単独因子では問題が出なくとも、2つ3つと増えると問題が出でくることもあります。
例えば脱水や新規の心房細動の出現などですね。
これらの因子が重なり、結果的に左心室への血液流入が減ると、Frank-Starlingの法則が働かずEFや一回拍出量が低下するので、前負荷の考え方は非常に重要です。
心臓の構造的変化が起こっていないにも関わらず、血圧が低くなってきた場合、動いても血圧が下がるようになってきた場合は、前負荷の問題がないかを考えましょう。
特に前負荷を落としやすいのは臥床によるディコンディショニングが起こっている場合ですので、患者さんが入院中や自宅で日々横になってばかりいないかを確認してみて下さい。
後負荷
後負荷とは心臓の出口から先の抵抗になる力のことです。渋滞みたいなものと思ってもいいかもしれません。
基本的には心臓が血液を押し出す力を押し返す物理的な力は全て後負荷と言えます。逆に血液を流れやすくする変化も後負荷となります。
後負荷が高い状態というのは左心室からみた際に抵抗が高いことで、主に血圧が高い状態を指します。
また大動脈弁狭窄症や閉塞性肥大型心筋症などの流出路の狭窄による血流障害も左心室から見ると負荷が高くなるため後負荷に入ります。
後負荷に関わる因子
後負荷に関与する因子はこちらです。
- 大動脈弁の逆流や狭窄
- 閉塞性肥大型心筋症
- 大動脈の動脈硬化や石灰化
- 血管内皮機能障害
- 神経体液性因子の亢進
これもわかりやすくいうと
- 大動脈から出て行く血液が逆流して戻ってくる
- 大動脈弁が狭くて血液が出ていかない
- 心筋が分厚くて大動脈につながる部分が非常に狭くなっている
- 大動脈が物理的に硬く血液が押し出しにくい
- 血液が流れてきた時に血管を拡張させて血流をよくするための働きが低下している
- 自律神経や血圧調整ホルモンが血圧を過剰に上げる方に働きやすくなっている
血管内皮機能や神経体液性因子については今後別の記事で詳しく説明したいと思います。
ちなみに血管内皮機能が正常な場合は、動いたりして心臓が血液を送る量が増え、血管を流れる血流速度が増すと、それに反応して血管が拡張して血圧が下がる方向に働くため、後負荷が下がり、心臓の負担を減らします。
また神経体液性因子が過剰に働いていると、血圧は非常に高くなります。
この中には、安静時は比較的正常な血圧(収縮期血圧が100-130mmHg)なのに軽い動作後に異常な血圧上昇(140-200mmHg)となる人も含みます。もちろん安静時から140mmHg以上ある人もアウトです。
後負荷が高くなりやすいかどうかは心電図や心エコーの左室肥大所見や左房拡大、E/e'の上昇などの所見から推察することもできます。
また心房細動の方も安静時もしくは労作時の高血圧などによる長期の後負荷が存在する場合があります。
上のような所見がある患者さんでは、軽い動作の直後に過度な血圧上昇が起きないかを確認してみてください。
少し動いただけで血圧が跳ね上がる場合は、血圧計がおかしいのではなく、隠れ高血圧とも言える動作時の過度な後負荷が生じている可能性があります。
「血圧高いねー、もっかい測ってみようか」とか言って血圧を測り直して「血圧下がってたねー、よかったねー」という対応ではなく(別にそういう対応でもいいんですが)、心の中では「この人は後負荷が高くて心臓に負担がかかりやすい人かもしれないぞ」と冷静な目で患者さんを見つめてみましょう。
まとめ
今回は心機能に関わる4つの因子についてお話ししました。
心機能を考える上では、EFに代表される左室収縮能だけでなく、左室拡張能や前負荷、後負荷が意外と重要になります。
みなさんが心機能が理解するのに今回の話が少しでも役に立ちますと嬉しいです。
心機能についてはこのあたりの書籍が参考になると思います。
よければご覧になってみてください。