こんにちは、心リハ太郎です。
心臓リハビリテーションに関わっていると、必ず直面するのが
「AT(嫌気性代謝閾値)を超えた運動や活動をしていいのかどうか」
という問題です。
患者さんから聞かれる質問で多いのは
- 水泳をしてもいいか
- ジョギングしてもいいか
- 激しい筋トレをしてもいいか
- 畑仕事をしてもいいか
- 山に登ってもいいか
などでしょう。
様々な見解があると思いますが、個人的には「条件付きでOK」だと考えています。
今回は心リハ太郎が
どういう条件ならばATを超えてもOKと考えているか
をお話ししていきたいと思います。
しかし、これを理解するためには
- 嫌気性代謝とは何か?
- ATを超えると体内で何が起こるのか?
を知らなければなりません。
まずATについてなるべく簡単に説明したあと、ATを超えてもよい条件について説明していきます。
どうぞお付き合い下さい。
ATについてはわかってるよって人は目次からATを超えてもよい条件のところまで飛んでくださいね。
でも、わかったようで実はしっかり理解できていないのがATというものなので、できたら初めから読んでいただくとよいかもしれせん。
AT(嫌気性代謝閾値)とは
ATとは嫌気性代謝閾値(Anaerobic Threshold)のことです。
漢字ばかりで初めて見ると
なんのこっちゃ?
と感じるでしょう。
この言葉を分解すると
- 嫌気性
- 代謝
- 閾値
の3つになります。
つまりこの3つの言葉を理解できれば、ATとは何かが分かるようになるわけです。
代謝、嫌気性、閾値の順で説明します。
代謝とは
代謝とは、生物が物質をくっつけたりバラしたりして、身体を作ったり、生命エネルギーを作ったりすることを言います。
代謝には
- 異化: 物を分解してエネルギーをつくる
- 同化: エネルギーを使って物体をつくる
という2種類があります。
今は身体を動かすことについて考える訳ですから
身体を動かすためのエネルギーを作る
異化の代謝を考えます。
が、その前に人間の身体を動かすエネルギーについて簡単におさらいしておきましょう。
人間の身体を動かすエネルギー(ATP)
人間の身体はATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーを使って、生命の維持や活動を行なっています。
ATPは、車でいうとガソリン、電化製品でいうと電気みたいなもので、人間の身体はATPで動くように出来ています。
このATPは主に糖(グルコースなど)や脂肪から作られます。
糖の元は、お米や小麦粉からできた料理、砂糖や果物など、脂肪は油です。
糖や脂肪はエネルギーの塊ですが、人間の細胞はこの糖や脂肪のエネルギーを直接使うことができません。
そのため糖や脂肪を化学反応によって分解・加工し、人間の身体で使えるATPというエネルギーを作り出しています。
車では原油が使えないので、原油を精製してガソリンを作るようなものですね。
このようなエネルギーを作る働きが先ほど説明した異化(代謝)です。
嫌気性代謝
嫌気性代謝とは酸素が不足した状況でATPをつくることです。
空気がなくてもエネルギーをつくれるので、嫌気性代謝といいます。
嫌気性代謝は
- エネルギーをすぐ作れるが、1つの糖からわずか2つのATPしか作れない
- エネルギーを作ったあとのピルビン酸が乳酸になり、それが分解されないとアシドーシスになってしまう
という特徴があります。
嫌気性代謝が起こると、酸が増えるので呼吸によって二酸化炭素の形で酸を体から追い出そうとする仕組みが回り始めます。
つまり、呼吸の量(換気量)が増えるということです。
自覚的には息が弾む、息が切れるという感じです。
好気性代謝
逆に好気性代謝とは酸素が足りている状況でATPをつくることを言います。
人間の体では、細胞質基質の嫌気性代謝でできるピルビン酸という物質と酸素を使ってミトコンドリアで好気性代謝を行なっています。
実際はもう少し複雑ですがここでは簡単に説明しています。
詳しくはクエン酸回路 - Wikipediaをどうぞ。
つまり、嫌気性代謝→好気性代謝の順で異化の代謝が進むということです。
好気性代謝が働き始めるまでには、2〜3分の時間がかかると言われています。
好気性代謝は
- 嫌気性代謝を経るため、エネルギーを作るのに時間がかかるが、たくさんのATP(30~32個程度)を作れる
- 完全に水と二酸化炭素まで分解されるのでアシドーシスにならない
という特徴があります。
好気性代謝がしっかり働いている時は、十分なエネルギー供給がされており、基本的にはエネルギー切れになることがありません。
またアシドーシスにもならないので、筋肉の強い疲労や、息切れなども起こりにくいのです。
一方、好気性代謝が十分に働いていない時は、嫌気性代謝でエネルギーをまかなうことになります。
すると分解しきれなかった乳酸などの酸がたまり、アシドーシスに傾いてくるため、息切れや筋肉の疲労が起きてきます。
好気性代謝には時間がかかる
先ほど話したように、好気性代謝が回り始めるまでには2〜3分程度の時間がかかります。
具体的には
- 嫌気性代謝の反応が起こり
- 呼吸の量が増え
- 心臓が送る血液の量を増やして
- 酸素が肺から取り込まれて血液に乗って細胞まで送り届けられ
- 嫌気性代謝でできたピルビン酸と酸素を材料に細胞の中のミトコンドリアでエネルギーが作られる
という感じです。
これだけの段階があると、時間がかかるのも仕方ないかな、と思いますよね。
好気性代謝が始まるまでの2〜3分の間は、嫌気性代謝がエネルギーを作る中心になります。
運動を開始して30秒から2分くらいまでは息が少し切れる感覚があるのはこのためです。
2〜3分経てば、強すぎる運動でなければ息切れ感はおさまってきます。
好気性代謝には酸素が不可欠
また、充分な酸素が細胞のミトコンドリアまで届かないと、好気性代謝は働きません。
心臓病(心疾患)では、心臓の機能が落ちることで酸素を運ぶ能力が落ちるわけですから、好気性代謝を行うには不利な病気である、とも言えるわけです。
肺や気管支の病気(呼吸器疾患)も酸素を体に取り込む能力が落ちるので、好気性代謝には不利な病気になります。
酸素の重要性はこちらで説明しています。
好気性代謝は1つの糖から沢山のエネルギーを作れる
好気性代謝が回り始めるのに充分な時間と充分な酸素があれば、1つの糖から32〜34個ものエネルギー(ATP)を作り出せます。
この代謝の中心になるのがミトコンドリアです。
ミトコンドリアは、もともと細胞の構成要素ではなく、酸素を使って生命活動をしている好気性細菌が細胞内に共生したことが起源と考えられています。
共生とはお互いにメリットが得られる生物が近くに暮らすことです。
ミトコンドリアの元になった細菌が、細胞から糖をもらって生き、その代わりに沢山のATPを細胞に返すというwin-winの関係を作り上げました。
それによって得られた大量のエネルギーを元に生物は大型化できるようになったものと考えられます。
このミトコンドリアを使って、非常に効率よく、無駄なく大量のエネルギーをつくりだすのが好気性代謝の真骨頂です。
好気性代謝の後には身体に有害な物質はほとんど出来ず、水(H2O)と二酸化炭素(CO2)という非常にクリーンな物質になるまで完全燃焼されます。
ですので、好気性代謝は環境汚染を起こさない、身体に負担がかかりにくい代謝である、とも言えます。
ミトコンドリアの数も嫌気性代謝に関係する
しかし、ミトコンドリアの数には限界があり、どれだけ潤沢に酸素が届いても、どこかで使いきれなくなることもあります。
自動車工場にどれだけたくさんの部品が届いても、1日に作れる自動車の台数には制限があるのと同じように考えると分かりやすいでしょう。
つまり、ミトコンドリアが減っている状態は、好気性代謝の能力が落ちており、嫌気性代謝でできた酸が溜まりやすく、疲労しやすいと言えます。
ミトコンドリアが減っている状態とは、日頃からミトコンドリアをあまり必要としない状態、すなわち不活動・運動不足(≒ 歩数不足)です。
閾値とは
好気性代謝だけでエネルギー供給を賄いきれないような強い運動をする時は、嫌気性代謝の量を増やしてエネルギーを増やします。
その人が好気性代謝でまかなえるギリギリの活動強度が嫌気性代謝閾値(AT: anaerobic threshold)です。
閾値とは、何かが変わるギリギリのラインの数値のことをいいます。
コップの水があふれるギリギリのところ、というイメージでしょうか。
ATを超えると息が切れ始めますし、足の疲労感も強くなるので、人によってはATを超えるとパタッと足を止めてしまう場合もあります。
この現象は、とくに虚弱傾向の高齢者や極端な運動不足の方、また不安の強い方に見られる傾向があります。
普段経験していないような負荷や息切れに不安を覚えるか、普段使っていないのでそれ以上の筋力が発揮できないか、という感じなのでしょう。
ATのまとめ
ここまで、嫌気性、代謝、閾値について簡単に説明しました。
嫌気性代謝閾値(AT)とはどんなものかのイメージが、なんとなくでもお分かりいただけたでしょうか。
これまで説明してきたように、AT(嫌気性代謝閾値)とは
- 好気性代謝だけでエネルギーをまかなえなくなり、
- 嫌気性代謝で足りないエネルギーをまかなおうとし始める
ギリギリのラインのことをいいます。
ちなみに心肺運動負荷試験(CPX)では、負荷を少しずつ増やすことで、身体で使うエネルギーを増やしていきます。
基本的には、
- 負荷が強くなると、使う筋細胞の量が増え
- 糖を分解する嫌気性代謝の量が増えていき
- そこで出来たピルビン酸と酸素を使ってミトコンドリアが多量のATPをつくる
という嫌気性代謝と好気性代謝の連鎖が起こります。
負荷が強くなればなるほど、嫌気性代謝で作られるピルビン酸の量は増えますが、
- ミトコンドリアの数が足りなくなったとき
- 届く酸素の量が足りなくなったとき
にピルビン酸が余り出します。
するとそれが乳酸になり、身体に影響を及ぼし始めるのです。
ATとはこのようなことが起こらないギリギリのラインだと考えておけばよいでしょう。
ATを超えない活動は、いわゆる有酸素運動に当たります。
ちなみにATとほぼ同じ意味でLTという言葉もあります。
LTはlactate thresholdの略で、乳酸性閾値のことです。
体育・運動系の論文ではLTという言葉の方が使われている印象があります。
CPXでは乳酸が増えているかどうかは普通測定しないので、AT(嫌気性代謝閾値)という言葉を使うほうが妥当かな、と思います。
有酸素運動とはATを超えない好気性代謝が中心となる運動のこと
有酸素運動とは、休むことなくずっと動き続けられる運動のことをいいます。
人によって何が有酸素運動になるかは異なります。
弱った高齢者ならば平地を歩くだけでも息切れを感じるでしょうし、体力のある若者なら長い階段を登り続けても息一つ切れないかもしれません。
誰にとっても共通するのは、有酸素運動とは、30分、1時間と長い時間続いても、強い息切れや疲労感を感じることなく休みなく行える運動だ、ということです。
有酸素運動では、エネルギーを効率よく大量に作ることができ、有害物質(酸)が増え過ぎない好気性代謝がしっかりと働いているため、エネルギー不足に陥らず、環境汚染も起きず、強い疲労を感じることなく長い時間運動を続けることができるわけです。
しかし、歩いていたのが走る、平地だったのが坂道になるなど、強度の高い運動になると、好気性代謝だけではエネルギーをまかないきれなくなってきて、ATを超えます。
ここで運動のためのエネルギーを作り出す代謝の中心が嫌気性代謝に移ります。
この間も、もちろん好気性代謝は働き続けていますよ。
ATを超える無酸素運動で起こること
好気性代謝でエネルギーを作りきれない強さの活動(AT以上の強度の活動)では、足りないエネルギーは嫌気性代謝で作るしかありません。
すると嫌気性代謝→好気性代謝で受け渡し切れなかったピルビン酸が増えます。
酸が体内で増えると、アシドーシスという状態になり、生命の危機が訪れてしまいます。
そのため、酸塩基平衡(さんえんきへいこう)と呼ばれる仕組みが働きます。
酸塩基平衡
酸塩基平衡については、こちらがわかりやすくまとまっていますのでご紹介させていただきます。
酸塩基平衡の概要 - 12. ホルモンと代謝の病気 - MSDマニュアル家庭版
ATを超えて酸が増えてきた場合、重炭酸イオン(HO3-)により、酸(H + )が、ほぼ無害な水(H 2O)と二酸化炭素(CO2)に変わります。
二酸化炭素は呼吸で身体から追い出す
二酸化炭素は弱酸性の物質で水に溶けやすいという特徴があります。
そのため、二酸化炭素は血液に乗って肺に運ばれ、呼吸によって体から追い出されます。
このようにして体内が酸性にならないよう調整しているのです。
二酸化炭素をたくさん出すためには肺への血流と呼吸の量(換気量)を増やす必要があります。
この調節をしているのが自律神経系です。
血液中の二酸化炭素が増えてくると、脳がそれを検知し、自律神経系によって換気の速さと深さを調整します。
ちなみに、酸素が少なくなるから換気が増えてくる(息切れする)と考えている人が多いですが、生理学的には二酸化炭素が増えてくるから換気が増えるのです。
息切れしているからといって末梢の酸素分圧(SpO2: サチュレーション)を測り、SpO2が90%未満に下がっていないからといって安心する人がいます。
しかし、息切れとSpO2には基本的には関係がなく、SpO2が90%を下回り、血液中の酸素分圧が60Torrを下回った時に初めて酸素不足による息切れが出現することは知っておきましょう。
少し、話がそれました。
換気が早く深いほど換気量は増え、換気が遅く浅いほど換気量は減ります。
換気量を増やす時は、まず副交感神経の活動が減り、次に交感神経の活動が増えます。
副交感神経は身体をリラックスした状態にする調節機構で、呼吸の量や呼吸の数、心臓の拍出量や心拍数を減らし、血管を緩めて血圧を下げます。
逆に、交感神経は身体を興奮した状態にする調節機構で、呼吸の量や呼吸数、心拍出量を増やし、血管を締めて血圧を上げます。
このような仕組みで、交感神経と副交感神経の働きが調節され、換気量と肺への血流が増えて、二酸化炭素が外に追い出されています。
ATを超えた時に起きること、すなわち息が切れてくるという反応は、人間の身体をアシドーシスから守るために必要な反応なのです。
循環動態が大きく変わる
しかし、ATを超えることで呼吸以外にも大きく変化するところがあります。
それは循環です。
先ほど説明したように、副交感神経の働きが落ち、交感神経の働きが上がると、心臓が早く大きく打つようになり(心拍出量の増加)、血管がギュッと締まって血圧が上がります(後負荷の増加)。
一部の心臓病では、ATを超えた時の反応に心臓が追いつかなくなり、
心臓にとって過度な負荷がかかる
場合があります。
交感神経系の働きにより増加する収縮期血圧と心拍数を掛けたものを二重積(ダブルプロダクト)と言います。
二重積は心臓がどれだけ頑張らされているかという心仕事量を見る指標で、こちらで詳しく説明しています。
心臓が、血圧の抵抗に負けないようにしながら、1分間に何回収縮するか、を見ているのが二重積ですので、血圧が上がり、心拍数が上がる活動、つまりATを越えれば超えるほど、二重積が上がり、心臓に負担がかかっていると考えてよいでしょう。
このようにして、ATを超えた時に心臓の負荷が急激に上がり、場合によっては心臓や血管へのダメージを及ぼすことがあります。
また、心臓が一回の心拍あたりで出す血液量(一回拍出量)は、ATあたりで上限がくると言われています。
ATを超えたあとは、一回拍出量を増やせない分、心拍数をさらに増やして、1分間あたりの心拍出量を増やします。
すると、先ほど説明した二重積の数値がさらに高くなります。
そして、心拍数がおよそ120-140回以上に増えると、心臓に血液を充満させる時間が不足してくるため、さらに一回拍出量が減って、心臓には不利な状態になります。
また、ATを超えると基本的には血管収縮によって血圧も上がるため、二重積が跳ね上がり、心臓への負荷が急増することになります。
このようにして心臓への負担が急増する境目がATだと言えます。
血液が固まりやすくなる
さらに、ATを超えると血液が固まる反応がおきやすくなります(凝固系因子の活性化)。
血管の中に傷がつき、そこに血の固まりができることで起きる主な病気には
- 心筋梗塞
- 脳梗塞
があります。
血管が傷つきやすい状態とは
- 高血圧
- 脂質異常症
- 糖尿病
- 肥満
- 喫煙
- 運動不足
- 過度な運動
- 睡眠不足
- 強い精神的ストレス
などの要因で動脈硬化が進んでいる状態です。
これらを冠危険因子(かんきけんいんし)といいます。
「冠」というのは冠動脈という、心臓に血液を送る血管のことです。
冠危険因子を持つ人は、冠動脈や脳動脈など細めの血管を詰まりやすくする、プラークというコレステロールの詰まった地雷を血管にたくさん持っていると考えてよい人です。
北海道心臓協会より
プラークは血圧上昇やストレスなどで破裂し、その部分の出血を止めるために血小板が集まってできた血栓が血管を詰まらせます。
ちなみに、普段から有酸素運動をしている人は、激しい運動をしても血液が固まりにくい、という研究結果があります。
また普段から有酸素運動をしていると、血管のプラークが小さくなったり、破裂しにくい安定したプラークになったり、プラークができにくくなります。
逆に週末だけ激しめの運動や活動をする人というのは、それが血管を詰まらせる原因になっている場合があるということです。
運動不足や過度な運動が冠危険因子に含まれる(と考えておいた方がよい)のはこういうわけです。
このように、冠危険因子を持つ人がATを超える激しい運動をすると、血圧が上がり、血流も増えて何らかの刺激でプラークが破裂しやすくなる上、血液が固まりやすいので、脳梗塞や心筋梗塞のリスクは上がりやすくなります。
大雨の後に川が濁流になると、その勢いで川岸がめちゃくちゃになる、みたいなイメージで大体外れないかなと思います。
日常的な運動や冠危険因子の管理は、川の護岸工事のようなものだと言えます。
ATを超えてもよい場合
ここまで、ATとは何か、ATを超えるとどんなことが起こるのかをお話ししてきました。
ここからの話では、ATを超えた活動を1〜2分で止めず、続けて行う場合のことを述べていきます。
なぜ1〜2分が境界になるのでしょうか?
体にかかる負荷に対して、呼吸や心臓の反応は30秒から1分ほど遅れます。
そのため、CPXではATの1分前の足の負荷を運動処方で使います。
足の負荷が50ワットなら、呼吸や心臓は1分後くらいに50ワットに対応した数値になるということです。
ATを超えた負荷でも1分くらいまでは、心臓への負荷は大きく上がらない可能性が高いため、1分以内で終わる身体活動は許容できることが多いです。
これが1〜2分を境界に設定する理由です。
では、ここからは1〜2分を超える身体活動について、ここまでの話をヒントとしながら、ATを超えてもよい条件をまとめていきます。
わからない時は、該当箇所に戻って読み直してみて下さい。
ATを超えた激しい活動をしても許容できる条件は、ズバリ3つです。
- 心臓の機能が正常かほとんど正常
- 冠危険因子の管理ができている
- 慣れた身体活動である
ひとつずつ説明していきます。
心臓の機能が正常かほとんど正常
ATを超えた身体活動では、これまで説明してきたように、交感神経系が亢進して心拍数と血圧が上がり、心臓への負担が強くなります。
そのため、ATを超えた活動を許容するかどうかは、まずは心臓に問題がないことが絶対条件です。
問題がない、とは
- 心疾患の既往がない
- 心疾患の既往はあるがごく軽症である
のどちらかを指します。
逆に
問題がある、とは
- これまで1度でも心不全になったことがある
- これから心不全になるリスクが高い
ということです。
心疾患の既往はあるがごく軽症の例をみていきましょう。
ごく軽症の心筋梗塞
心臓リハビリテーションの対象になりやすい心筋梗塞の患者さんでは
- 壁運動異常がほとんどなくEFが55%以上、できれば60%以上ある
- 急性心不全を発症しなかった
- 急性期にBNPが80pg/mlを超えていない
ことが条件です。
1つ目の条件は、EFが55%以上できれば60%以上ある、です。
これは、心筋梗塞による心臓へのダメージがほとんどない、ということを客観的な数値で裏付けるものです。
この時のEFはSimpson法による計測値でなければなりません。
心筋梗塞は、心筋ダメージが少ないとされる非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)ならば、なおよし、でしょう。
2つ目の条件は、急性心不全になっていない、です。
急性期に右室梗塞が合併して心源性ショックを生じるケースや、肺うっ血などの左心不全症状が出るケースがあります。
いわゆるForrester分類(フォレスターぶんるい)でsubset Ⅰ 以外になるパターンです。
急性期がForrester分類でⅠ度でない場合は、急性心不全にあたります。
Forrester分類について分からない方はトーアエイヨーさんのサイトで詳しく説明されていますのでそちらをご覧下さい。
循環器用語ハンドブック(WEB版) Forrester(フォレスタ)分類 | 医療関係者向け情報 トーアエイヨー
心臓の機能が落ちなければ急性心不全にはなりませんので、Forrester分類でⅠ度以外なら心臓の機能が低下したと考えておくのが心不全ステージの考え方からも妥当です。
この場合、心不全ステージはC(心不全を発症したことがある)です。
心不全ステージについて詳しくはこちらからどうぞ。
ざっとまとめるとこんな感じです。
ACC/AHA 心不全ステージ分類
A: 冠危険因子や心臓の器質的変化を起こすリスク因子がある
B: 心臓に器質的な変化がある
C: 現在心不全または過去に心不全を発症した
D: 高度な治療を行っても改善しない心不全
また、EFに問題がなくても心臓の機能が悪いパターン、例えば弁膜症や心房細動、高血圧性の左室肥大など、E/e'が低下している場合は、軽い心筋梗塞でも意外と心臓の機能が低下していることがあります。
そこで、3つめの条件であるBNPを使います。
非ST上昇型の心筋梗塞を対象とした調査では、急性期のBNPが80pg/mlより大きい場合、6ヶ月間での心不全や死亡などのリスクが高いことが報告されています。
BNPは心臓の機能が落ちて血液が左心室から出て行かなくなることで上がります。
心筋梗塞が軽くてもBNPが80pg/mlを超える場合、心筋梗塞以外に何らかの心臓の機能低下が合併していることが考えられます。
場合によっては、上で紹介した心不全ステージでCと考えておくのがよいかもしれません。
BNP>80pg/mlは、心筋梗塞急性期だと少し厳しめの数値ですが、ATを超えても大丈夫と太鼓判を押すなら、念のためこのくらいの設定にしておいてもよいのではないでしょうか。
まとめると、心筋梗塞の患者さんでは、
心筋梗塞による心筋のダメージが少なく、一般の人とほぼ変わらない機能の心臓
であることが絶対条件となります。
限りなく心不全ステージAに近いステージBの方、ということになりますね。
ですので、心不全状態になったことがあるという心不全ステージCの方は完全に条件外となります。
こういう方は、ATを上げるような運動療法を安全かつ地道に継続してもらい、安全域を広げるのが一番でしょう。
心筋梗塞以外の心疾患
心筋梗塞のところでも述べたように、心筋梗塞以外の心疾患でも、心不全ステージがAまたはAに近いBであることがATを超えた活動や運動を許可する前提条件です。
気をつけるのは
- 弁膜症
- 心房細動
- 高血圧性の左室肥大
- 冠動脈の高度な有意狭窄
あたりでしょうか。
これらがあれば心不全ステージB(器質的な心疾患がある)となります。
まずは絶対条件として、
- これまでに心不全と診断されていない
- 現在も心不全ではない
ことが挙げられます。
うっ血のコントロールのために利尿薬が使用されていないのも大事です。
利尿薬が使用されているということは、薬がないとうっ血のコントロールができない程度に心臓の機能が悪いということです。
代表的な利尿薬は
- フロセミド(ラシックス)
- アゾセミド(ダイアート)
- スピロノラクトン(アルダクトンA)
- エプレレノン(セララ)
- トルバプタン(サムスカ)
- フルイトラン(トリクロルメチアジド)
- ナトリックス(インダパミド)
あたりでしょうか。
また他の薬と利尿薬の合剤として
- プレミネント配合錠
- エカード配合錠
- コディオ配合錠
- ミコンビ配合錠
- イルトラ配合錠
などもあります。
さらに、心筋梗塞の既往がなくてβ遮断薬を飲んでいる場合も要注意です。
- メインテート(ビソプロロール)
- アーチスト(カルベジロール)
が心不全の適応薬です。
ここに並んだ薬を飲んでいる場合は、心不全ステージCと疑っておいてよいでしょう。
また心臓エコー検査でE/e'が13を超えている場合も心臓の機能低下があるとみなしてよいでしょう。
欧州の心不全治療ガイドラインでは
- 臨床経過
- 冠動脈疾患
- 高血圧
- 利尿薬使用
- 起座呼吸/夜間呼吸苦
- 息切れや易疲労感などの臨床症状
- 心電図の異常所見
- BNP > 35pg/ml
- 心エコーでの異常所見
- 左室肥大 LVMI≧115[男], ≧95[女]
- 左房拡大 LAVI≧34
- 拡張障害 E/e' ≧13 もしくは e'<9
を満たした場合、非急性期の心不全診断基準としています。
高齢者患者さんや高血圧患者さんでは、この条件に当てはまる方が思ったよりも多くいますので注意が必要です。
さらに、心室頻拍(VT)や発作性心房細動などの不整脈が出る方も、AT以上の身体活動は不整脈が誘発されやすく、やめておくほうが無難でしょう。
上の条件を全てクリアしていれば、第1関門突破です。
結構厳しい条件ですが、やはり安全性が第1です。
ATを超える活動を許可するならば、ここはしっかりと評価しておいて欲しいポイントになります。
冠危険因子の管理ができている
心臓に問題がないと判断されたら、次はリスクが管理できているか、に移ります。
この場合のリスク管理とは冠危険因子のことです。
冠危険因子
- 高血圧
- 脂質異常症
- 糖尿病
- 肥満
- 喫煙
- 運動不足
- 過度な運動
- 睡眠不足
- 強い精神的ストレス
上でも何度か説明したように、冠危険因子の管理ができていない場合は、血管内にプラークが散在している可能性が高いと言えます。
このような人は過度な活動により、プラークが破裂して心筋梗塞や脳卒中などが起きる可能性がありますので、ATを超える活動を許可するのはためらわれるところです。
特に、日常的にAT強度での有酸素運動を行っていない場合は、過度な活動や運動で血液が固まりやすくなりますので、まずは有酸素運動をできるだけ毎日行うよう伝える必要があります。
また、血圧の管理が不十分な方もAT以降にプラークの破綻が起きやすくなる可能性がありますので服薬や減塩、有酸素運動などで十分血圧を下げてから考えればよいでしょう。
なお、降圧薬が複数入っているのにも関わらず、血圧が下がらない場合は、睡眠時無呼吸症候群やその他の睡眠障害が関与している場合があります。
睡眠時無呼吸症候群や睡眠障害は、冠危険因子になり得ますので、怪しいなと思った時は、アプノモニターなどでの検査を行い、必要に応じて治療をして下さい。
ゴルフや登山で心筋梗塞がよく起こるのは、朝早く起きるために睡眠時間が不十分で交感神経系が興奮し、血圧が上がるためかもしれません。
なお、医師から処方されている薬を飲み忘れる人や喫煙者は論外です。
こういう人はこちらの言うことを聞かないかもしれませんが・・・(^^;
慣れた身体活動である
病前から長い間行っていた活動や運動の場合、負荷のかかりにくい動き方が身についており、その活動や運動に必要な筋力も備わっています。
逆に言えば、
- 水泳
- マラソン
- 山登り
- 畑仕事
- 高強度の仕事
などを新たに始める場合は、非常に負荷が高くなる可能性があるため、許可するかは慎重に判断する必要があります。
アメリカスポーツ医学会(ACSM)編集の運動処方の指針では、慣れていれば許可してもよい運動などをリスト化してくれており、とても参考になります。
スポーツをしたい、と患者さんから相談を受けた時はこの本を当たってみるとヒントが得られるものと思います。
実際に私は、水泳について相談を受けた際、この本を参考にさせてもらったことがあります。
まとめ
ATを超える身体活動では心臓や血管に過度な負担が生じ、新たな病気を引き起こしたり、心臓の機能を落とすリスクが跳ね上がります。
ただし、それが1〜2分を超えない範囲であればATを超える活動も大きな問題にならないことが多いでしょう(入院中や心不全が増悪している時は除く)。
心臓病だからといって何もかもを制限するのは、QOL(人生の質)の観点から見れば問題です。
ですので、何でも制限してしまおう、という医療者には個人的には違和感を覚えます。
医療の目的はQOLの向上にあり、特にリハビリテーションを名乗る治療にかかわるならば、その視点を忘れるべきではないからです。
しかし、その活動をすることで明らかに心臓を悪くしたり、他の病気を引き起こすリスクが高まるならば、しっかりと活動や運動に制限をかけることで、未来のQOLを守ることにつながります。
ATを超えた身体活動を許可してよい条件は
- 心臓に問題がない
- 冠危険因子がコントロールされている
- その身体活動が慣れた活動である
です。
判断方法については、上で説明してきましたが、専門的な知識のない人では難しいので、でれきば心臓と運動のプロフェッショナル(心臓リハビリテーション指導士など)の力を借りるのがよいでしょう。
今回の話が、患者さんのQOLを安全に上げられるきっかけになることを祈っています。
ではでは。