こんにちは、心リハ太郎です。
運動中に自分で感じる疲労感や運動強度のことを自覚的疲労度あるいは自覚的運動強度といい、それを数値化したものを( RPE; アールピーイー ratings of perceived exertion)といいます。
有酸素運動のトレーニング効果を出すためには運動時間や頻度だけでなく一定以上の強度が必要です。
また強度が強すぎると心臓や血管へのダメージを及ぼすため、過度の運動も避けるべきです。
つまり、弱すぎもせず強すぎもしないような適度な強度を設定する必要があり、その際に使われるツールの1つがBorgスケールに代表されるRPEです。
今回は普段何気なく使っているRPEについて解説していきます。
RPEの代表格 Borgスケール
RPEで有名なのfはBorg(ボルグ)スケールです。
Borgスケールには
- 6〜20の15段階からなる旧Borgスケール
- 0〜10の12段階からなる修正Borgスケール
の2種類があります。
なぜBorgスケールが使われているかというと、Borgスケールは生理学的な指標を基準に作成されたものだからです。
旧Borgスケールは心拍数を反映する
Borgスケールは、自覚的な疲労感・運動強度を数値化するために若年者を対象に開発されました。
その際、運動強度の指標として使われたのが心拍数です。
心拍数は運動強度に比例して上昇していきます。
歩行速度をあげる、勾配をつける、エルゴメータの負荷を上げるなど、身体にかかる負荷を上げると心拍数は負荷に応じて上昇します。
漸増負荷といって負荷を少しずつ一定のペースで上げていくと、心拍数も負荷に一致して一定のペースで少しずつ上昇していきます。
運動時に心拍数を使うと負荷の強度と一致してきます。そのため運動強度の設定は心拍数を使って行うのが理想的です。
しかし、心拍数を測定するには何らかの機器が必要になります。
機器や測定方法、電子回路などが発達し、心拍や脈拍の測定機器が小型化・ポータブル化した現代と違い、昔は機器も高額で大きく、気軽につかうわけにはいかなかったので、心拍や脈拍を測定する機器に代わる方法が必要とされました。
その方法の1つは脈拍触知(検脈)です。
手首にある橈骨動脈に指で触れ、10〜15秒程度脈拍をカウントし、1分間の脈拍数に換算する方法です。
脈拍数は基本的にはほぼ心拍数と一致するため有用な測定方法なのですが、少し練習や知識が要りますし、10秒をカウントできる秒針のついた時計が手元に必要ですので、いつでもどこでも誰でも使える方法ではありません。
そこでBorgという研究者は、負荷が上がれば通常は疲労感も強くなることを利用しようと考えつきました。
つまり、負荷が上がれば心拍数も自覚的な疲労感(楽である、ややきつい、きついなど)も
上がるわけだから、心拍数と自覚的疲労度がある程度関連すれば、疲労感を数値化し、運動強度を予測・調節できるだろうと考えたわけです。
実際に心拍数と疲労感の相関を若年者で調べたところ、ある程度相関することが判明したため、疲労感の強さを表す言葉の横に、そこから予測される心拍数を並べました。
その際、2桁とか3桁だとわかりにくくなるためか、心拍数を10分の1して1桁落とした数値に変えました。
これがBorgスケールです。
つまり、Borgスケールの数字は10倍すると心拍数になるように作られているということです。
だから安静時徐脈に該当しない60拍/分から20歳の予測最大心拍数である200拍/分に相当する6〜20が使われており、0じゃなく6から始まるのです。
心拍数が0とか有り得ないですからね。
また、運動療法をする際に、Borg11〜13で運動することが推奨されるのは、大体若年者のAT時心拍数が120〜130拍/分くらいだからです。
先ほど述べたように、本当は運動を効果的かつ安全に行うためには心拍数や脈拍数を使って運動強度をコントロールするのがベストなんですが、昔は気軽に使える心拍計や脈拍計もありませんでした。
そこで本人の自覚的疲労感と心拍数は大体一致するということを突き止め、それを利用したRPEを使うことにしたわけで、Borgさんから受けている恩恵は現代まで続いているわけです。
今でも脈拍計を使えるのはまだ一部の若年層や機械操作が苦にならない人、比較的金銭的に余裕がある人になりますから、RPEは誰でもいつでもどこでも使えるという意味でありがたいツールです。
ちなみに旧とついているからといって修正版と比べ劣っているわけではないですよ。
修正Borgスケールは血中乳酸濃度を反映する
さて、若年者を対象に作ったBorgスケールですが、心拍数というのは人によって様々で、安静時から高い人もいれば低い人もいるし、運動で上がりやすい人もいれば上がりにくい人もいます。
特に歳をとるにしたがって最大心拍数は減少してきます(予測最大心拍数=220 - 年齢)ので、数値が心拍数をそのまま反映するわけではなくなってきます。
ですからBorgスケールは心拍数を予測する目的で使用対象を若年者以外に拡げると少し使いづらい場面も出てきますし、やはり6〜20という数値は0から始まらないので直感的にわかりにくいところもあります。
そこで研究者のBorgさんは運動強度に比例して上昇する血中乳酸濃度を元にもう1つのスケールを作成しました。
0ー10と直感的にもわかりやすいので、修正Borgスケールを好んで使う人も多いのではないでしょうか?
特に呼吸器関連では血中乳酸濃度が換気量に関連することを重視するためか修正Borgスケールがよく使われている印象があります(あくまで個人的な見解です)。
一方、修正版は15段階の旧スケールよりも空白なくぎゅっとつまっており、AT付近の微妙な疲労感の変化は捉えにくいかもしれません。
また疲労感の表現が旧版とは少し異なるのも特徴です。
旧Borgと修正Borgのどっちをつかうべき?
基本的には、対象者は数字よりも横に書いてある言葉を見て自分の疲労感を判断するため、旧盤でも修正版でも大きく使いごごちが変わるわけではありません。
わたし自身は旧版の方を長く使ってきましたが、最近は修正版の方も悪くないなと思っています。
旧版が心拍数、修正版が乳酸を反映していることを理解しているならば、好みや状況に応じて好きな方を使用すればいいんじゃないかなと個人的には思います。
BorgさんによるRPEの解説論文はこちらから参照できます。
http://fcesoftware.com/images/15_Perceived_Exertion.pdf
Borgスケールはどのくらい正確なのか
ここまでBorgスケール(旧版と修正版)についてみてきましたが、ここで気になるのは
「Borgスケールってどのくらい正確なの?」
ということでしょう。
正確さを表す言葉には
- 信頼性
- 妥当性
があります。
詳しくみていきましょう。
Borgスケールの信頼性
信頼性とは、同じ条件で測定すれば毎回同じような結果がでるかどうか、という意味です。
信頼性が高い場合、毎回同じ条件ならほぼ同じ結果が出てきます。
Borgスケールは比較的信頼性が高く、同一人物の中であれば、ある負荷に対応する数値はほぼ同じになると言われています。
このことは、同一人物内ではBorgスケールの数値を比較することが可能であるということを示しています。
ただし、Borgスケールはあくまで対象者の主観的なものであるため、不安や抑うつなどの精神状態、痛みなどの存在、病態の重症度など、負荷以外のその人の変化にも左右されます。
逆に言えば、その人の肉体・精神を含めた総合的な疲労感を把握することができる、とも言えます。
Borgスケールの妥当性
妥当性とは、その方法で本当に見たいものを見れているか、という意味です。
妥当性にはいくつかの基準があります。
Borgスケールを使う目的は、運動時などの疲労感を確認することですが、その裏には疲労や運動強度と関連する心拍数や乳酸値などの客観的な生理学的指標が隠れています。
つまりBorgスケールの場合は、自覚的疲労感がどのくらい生理学的指標と一致するのか、ということが重要になってきます。
こういうときに使われる妥当性は、基準関連妥当性と呼ばれるものです。
基準関連妥当性が高いというのは、皆が認めるような(ゴールデンスタンダード)基準と一致する、ということです。
旧Borgスケールで言えば、心拍数とBorgスケールが誰でも同じように一致すれば基準関連妥当性が高い、ということになります。
Borgスケールの基準関連妥当性はそれほど高くない
健康な人や心疾患患者さんの「実際に運動している際の心拍数」と「そこから予測されるBorgスケールの数値(RPE)」がどのくらい一致するのかをメタアナリシスを用いて実際に検討し、Borgスケールの基準関連妥当性を確かめた研究があります。
その研究では
- 心拍数と予測されるRPEの相関係数は0.5-0.7程度と、従来考えられていた相関係数の0.8-0.9とは大きく乖離する(使えない人が多い)
- 心拍数と予測RPEは上にも下にも大きくずれるケースがある
ことがわかっています。
まだ大規模な調査で、Borgスケールが心拍数や乳酸値と相関することも示されていますが、相関係数は0.7-0.8と、前述のメタアナリシスよりは高いものの、誰にでも当てはまるものではない数値です(それでも医学・生理学分野では十分に高い相関係数ですが)。
これらのことからおおざっぱに言うと、Borgスケールから心拍数や乳酸値(のような生理学的な客観的指標、つまり身体にかかっている実際の負荷の強さ)をある程度予測できるケースは多くて6〜7割程度で、それ以外では大きく外れているかもしれないよ、ということです。
つまりBorgスケールの基準関連妥当性は、ある程度は当たるものの、心拍数や乳酸値と一致するほどすごく高いわけではなく、ケースバイケースだということになります。
これをさらにかみ砕いて言うと
Borgスケールを使って聞いたRPE(数値のこと)は人によってまちまちで、同じような負荷でも、すごくしんどいという人もいれば、全然楽だという人もいるので、例えば旧版Borgで12だと言っても、
- 心拍数が全然上がっていない(ATに達していない)ケースもあれば
- 適正に上がっている(AT近傍に達している)ケースもあるし
- ものすごく上がっている(ATを超えている)ケースもある
ということです。
ですから、Borgスケールを使って運動処方を行う際にはその人がBorgスケールを使える人なのかどうかをよく考える必要があるわけです。
Borgスケールはどう使えばいいの?
ここまで説明したようにBorgスケールには次のような特徴があります。
- 同一人物内では毎回一致した結果がでやすい(信頼性は高い)
- そのため同一人物内での比較はしやすく、何らかの変化があったことを捉えやすい
- 予測心拍数や乳酸値と一致しないケースは結構多い(妥当性は必ずしも高くない)
- そのため他人との比較には使えない
- RPEと客観的指標が一致せず、Borgスケールを使いにくい人は3割以上はいる
妥当性が高くない、と書くと、Borgスケール使えないじゃん!となりそうですが、そういうわけではありません。
Borgスケールの成り立ちと特徴を知れば、自ずとBorgスケールの得意なところ、不得意なところが分かり、どう使えばいいかを自分でも考えられるようになるということです。
ここからはそのエッセンスについて述べていこうと思います。
Borgスケールは他人との比較には使えない
Borgスケールは
その人がある負荷に対してどのくらい疲労感・負荷を感じているか
という自覚的な疲労感をみるものです。
人間には、感覚器とそこからの信号を処理する脳があり、人により感覚も感じ方も様々であるため、インプットに対するアウトプットは人それぞれである程度異なります。
また精神状態などにも左右されます。
ですから、
- 負荷を過大に感じる人や過少に感じる人(感覚の鋭い人・鈍い人)
あるいは
- 過大表現する人や過少表現する人(表出が激しい人・少ない人)
が少なくとも3割程度いて(このパターンのみではないと思いますが)、そういう人ではBorgスケールは心拍数や乳酸値、下肢の負荷などの客観的指標と一致しないということになります。
このような理由でBorgスケールだけを使って客観的な負荷指標とすることには問題がある、ということです。
CPXとRPEを組み合わせてみる
実際に適正な負荷かどうかを判断する最もよい検査は心肺運動負荷試験(CPX)です。
体力(運動耐容能)と酸素摂取量(VO2)とCPXの解説 - 心臓リハビリテーションのまにまに
CPX中にBorgスケールを取っておけば、その人がAT(嫌気性代謝閾値)でどのくらいの疲労感を感じているのかを把握することができます。
心疾患では嫌気性代謝閾値(AT)を超えた運動をしてはいけないのか?無酸素運動と有酸素運動の特徴を知ろう - 心臓リハビリテーションのまにまに
ATで旧Borgスケールが12という人もいれば、15という人もいるし、9という人もいます。
AT付近なら旧Borgスケールで11〜13、修正Borgスケールで3〜4あたりに収まってくれるのが理想なので、そこから外れてくる人は運動強度の設定をBorgスケールだけでは行いにくいものと判断できるでしょう。
脈拍とBorgスケールを組み合わせてみる
ここまで説明してきたようにBorgスケールだけでは至適強度、すなわちATレベルでの運動を行うことは難しいケースも多いです。
そこで、脈拍計を用いてAT時心拍数±3拍/分くらいの目標脈拍を下回らないようにしつつ、少し体調が悪い時など目標脈拍まで脈拍上がっていなくてもRPEが高めに出る際はRPEを優先することで安全かつ継続しやすい運動を行うことが可能になります。
例えば、AT時の目標脈拍数が100拍/分で、RPEが旧Brogスケールで13だとすれば、97〜103拍くらいで運動するようにしつつ、13を超えるRPEになる場合は脈拍が目標に達しなくてもOKとする、という具合です。
特に運動開始初期や、もともと身体を動かすのが苦手な人の場合は、しんどく感じると運動習慣がつきにくいと思われますので、この方法は効果的でしょう。
RPEのことを理解し、うまく利用していきましょう。
ではでは。