心臓リハビリテーションのまにまに

心臓リハビリテーションを10年以上している心リハ太郎が日々考えたり思ったりしているエビデンスのあることないことをつらつらと書いています。

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β遮断薬(βブロッカー)の身体活動における臨床的意義


こんにちは、心リハ太郎です。

β遮断薬(βブロッカー)は心疾患では大変意義深い薬剤です。
それはβ遮断薬が心筋梗塞などの虚血性心疾患やEFが低下する心不全(HFrEF)の生命予後を劇的に改善することが分かっているからです。

β遮断薬が心疾患患者さんの予後をどのくらい改善するかということが書いてあるサイトは調べればどれだけでも出てくるはずので、ここでは心臓リハビリテーションの重要な要素である身体活動や運動において、β遮断薬が果たすだろう効果について考えてみましょう。

β遮断薬とは

β遮断薬は一言でいえば「心臓を保護して長持ちさせる薬」です。

わざと心臓の機能を抑えて心臓が無理しないようにする薬とも言えます。

実はβ遮断薬はその効果から2000年ごろまで心不全には禁忌と考えられていた薬です。

心臓の機能を落とす薬を、心臓の機能が落ちている心不全に投与するなんてとんでもない!ということです。

しかし多くの大規模臨床試験による予後改善効果が示されたことを皮切りにして、2000年の慢性心不全ガイドラインではβ遮断薬の推奨が始まり、2010年の慢性心不全ガイドラインではより強くβ遮断薬の使用が推奨されるようになりました。

ここ10年くらいの間に臨床に入ってきた人間からすると、心筋梗塞や心不全にβ遮断薬を投与しないなんて本当にいいの?と思うはずですが、昔から循環器に携わってきた方からすると価値観が真逆になった、まさにパラダイムシフトといえる経験をされたわけですから隔世の感があることでしょう。

β遮断薬の種類と効果

日本国内で心不全をはじめとする心疾患に使用できるβ遮断薬には大きく分けて2つの種類があります。

1つはαβ遮断薬(アルファベータしゃだんやく)、もう1つはβ遮断薬です。

それぞれ薬品名はカルベジロール(アーチスト)とビソプロロール(メインテート)ですね。

神経伝達物質と受容体

αとかβとかなんのこっちゃ?という人のために説明すると、αとかβというのは自律神経(交感神経)の受容体の名前です。

受容体ってなんじゃらほい?という人のためにもう1つ説明すると、受容体とは神経の先から出てくる神経伝達物質神経を受け取る部分のことです。

この辺りに詳しくない方のために少し詳しく説明しておきましょう(分かってる人は読み飛ばして下さい)。

神経は電流で情報を伝えます。
これは電流だと非常に速く情報を伝えられるからです。

単細胞生物や身体の小さな生物は環境の変化を感知したとき体液内にホルモンなとの情報伝達物質を出せば変化に対応する部位に情報がすぐ届きますが、人間のように大きな生物ではそれが難しいのです。

環境の変化への調節はすぐ行わないと命に関わるものもあるため、電気信号を使った神経系を発達させ、瞬時に環境の変化に対する情報伝達が出来るようにしたのです。

この回路が自律神経です。

神経が実際に働く部位(この場合は心臓や血管)へ情報を受け渡す時には神経伝達物質という物質を使います。

神経の先っぽまで電流が流れてくると、そこから様々な神経伝達物質を出すのです。

これは郵便物を遠くまで運ぶために新幹線を使って近くまで運び、そこからはトラックに切り換える、というようなイメージでしょうか。

街中や地方ではトラックの方が応用が利く使い方ができます。神経伝達物質も同じようなものと考えて下さい。

受け取る側にはこの神経伝達物質に合った受容体が用意されていて、受容体が神経伝達物質を受け取ると、その部分が作動します。

受容体は鍵穴、神経伝達物質は受容体と対になった鍵で、鍵穴に合った鍵が来ると機械が働き出すと。

ともかく、体内環境や対外環境の変化を感知して中枢から心臓や血管に動作方法を変えるような命令を飛ばすのが自律神経、自律神経を伝わってきた信号を物質の形で受け取るのが受容体と覚えておけば大きな間違いはないでしょう。

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α1とβ受容体

循環器に関わる交感神経受容体には、血管の収縮を調節するα1受容体と心臓の収縮を調節するβ受容体があります。

交感神経は基本的に身体を興奮状態にするための回路ですから、交感神経が働くと血管はギュッと収縮しますし、心臓は収縮を強めたり心拍数を早くしたりしてたくさんの血液を出すように働きを強めます。

β遮断薬とは受容体が神経伝達物質を受け取るのを妨げる(遮断する)薬で、交感神経からの興奮信号を血管や心臓の受容体が受け取れないようにし、情報を止めてしまいます。

このようにして交感神経による循環器系の興奮を抑える薬剤、それがα遮断薬やβ遮断薬なのです。

α遮断薬は血液の収縮を抑えるので、血圧を大きく落とす方向に働きます。

β遮断薬は心臓の働き(収縮の強さや回数)を抑えるので、心拍数が下がり、血圧も下がります。

基本的には心臓の機能を抑えるために使うのはβ遮断薬ですが、α遮断作用が含まれたアーチストという薬剤が最も予後改善のエビデンスがあり、よく使われますので、α遮断作用のことも知っておくとよいでしょう。

身体活動や運動による心臓の負担は血圧と心拍数が決める

皆さんは二重積(ダブルプロダクト)という言葉をご存知でしょうか。

二重積とは下の式の通りで、心臓は収縮期血圧と心拍数が高くなるほど大変になる(心仕事量が上がる)ということを表した式です。

心仕事量 = 収縮期血圧 × 心拍数

二重積を使った過負荷の判別法はこちらで紹介しています。

二重積の考え方は、冠動脈の狭窄があって労作性狭心症や心筋虚血が出る場合に使われることが多いです。

心臓の仕事量が増えると、心筋の酸素需要が増え、冠動脈狭窄がある場合、心筋に十分な酸素が届かなくなるため、狭心症や心電図でのST変化が出る、という考え方です。

しかし、心臓の仕事量という考え方自体は、虚血性心疾患に限らず様々な場面で使うことができます。

正常な心機能の人でも、心筋梗塞後の人でも、心不全の人でも、血圧が高ければ心臓への抵抗が増えますし、心拍数が速くなれば心臓は短時間で何度も収縮しなければなりません。

これは風の強い日に風に向かって速く走ろうとすればするほどしんどくなるのと同じことです。

風を弱めるか、走る速度を落とせば、負担は減るわけです。

活動時や運動時には基本的に血圧は上がり、心拍数は増えますので、心臓の仕事は増えます。

これが正常な心臓でも、心臓にとって過度な負荷になる血圧上昇や心拍数増加であれば、それが繰り返されるたびに徐々に心臓は弱っていきます。

また心筋梗塞後のように心臓の筋肉が壊死している場合は、心臓の仕事量が大きいと心臓の形や組織が変化しやすくなり、正常な心臓よりも早く心臓は弱っていきます。

心不全のような既にかなり弱った心臓で心仕事量が高い状態が繰り返されると、心筋梗塞後よりも容易に心臓が弱るでしょう。

このように、血圧が高く心拍数が多いほど心仕事量は増え、弱った心臓には悪影響を及ぼします。

どのくらいの心負荷ならば過負荷になるかはその人の心機能によって様々です。

心肺運動負荷試験(CPX)や負荷心エコー検査を使うと判断する材料が増えます。

β遮断薬は身体活動や運動時の心負荷を落としてくれる

先にお話したようにβ遮断薬(特にαβ遮断薬)は、血圧を下げ、心筋の収縮を落とし、そして心拍数を下げて、心仕事量を減らしています。

確かにβ遮断薬は心臓の機能を落とすのですが、心仕事量の面からみれば、同じ身体活動をする場合でもβ遮断薬が心仕事量を減らしてくれるということでもあります。

身体活動は血圧を上げ、心筋の収縮を増し、心拍数を増やすのですから、日常生活でも多少なりとも心負荷はかかり続けているわけです。

血圧を下げ心拍数を下げるβ遮断薬が心機能の低下した心疾患患者さんの予後を改善するということは、二重積の理屈を理解すればかなりわかりやすくなると思います。

もちろん活動時の心負荷軽減だけがβ遮断薬が心疾患患者さんの予後を改善する理由ではありませんが、今の医学ではほとんど安静時の指標しか使わない一方で、人間は身体を動かしているときの方が多いわけですから、一般的に考えられているよりも身体活動時の循環動態を考えておくことは重要なはずです。

安静時から血圧が高い人も含め、労作性の血圧上昇や心拍数上昇を抑えることは、あらゆる身体活動、つまり人間にとっては当たり前に行う全ての行動で心臓の過負荷を和らげ、心臓を異常な変化や破綻から守ってくれているといえます。

特に心機能が悪ければ悪いほど軽い心負荷で心臓が破綻しうるため、β遮断薬は心機能の悪い人ほど重要になる薬といえるでしょう。

ではでは。