こんなに長くするつもりがなかったこのVE vs VCO2 slope編もようやく終わりが見えてきました。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
VE vs VCO2 slope(VE/VCO2 slope)の異常に関係する因子についての最後の項目です。
あと少しだけお付き合い下さいね。
前編、中編を読んでいない方はこちらからどうぞ。
廃用症候群
理学療法を生業にしている人もそうでない人も、廃用症候群があるかどうかを判断できることは非常に大事になります。
廃用症候群が起こる生活をしているかどうかは、自宅で運動をしているかどうかだけではなく、自宅では座ってばかり、あるいは横になってばかりという生活をしていないかを確認するとわかります。
もし1日30分の運動を週に3回していても、あとは横になってばかり、テレビをみてゴロゴロしてます、なんて人は立派な廃用症候群もしくは高リスク群ですので、そのあたりを聞き出すと判断の助けになるかもしれません。
息切れがある人は安静な生活にシフトしやすいことは中編で述べました。
また心臓病と言われたために、患者さん本人が不必要な安静をとり始めたり、家族が不必要な安静をとらせたりということも、安静の害を医療者がしっかり説明できず、患者さんやその家族が理解できていないときはよく起きます。
これから説明するいくつかの経路が関わることで、安静が換気を亢進させる方向へ身体を変化させていきます。
個人的には、嫌気性代謝域値(AT)が低い人は大体が廃用的生活を送っている印象がありますので、CPX結果でVE vs VCO2 slope以外のデータも確認してみるとよいでしょう。
CPXでATが3METs(10.5ml/min/kg)に満たない人は廃用的生活を送っていることを怪しんでみてよいと思います。
また心不全患者さんではAT<11ml/min/kgで予後不良という国内のデータもありますので、11辺りの値でもよいかもしれません。
では廃用症候群から換気亢進が起こるメカニズムを簡単に考えてみましょう。
実際はかなり複雑になりますので、大まかな理解ができる程度の説明でいこうと思います。
骨格筋の廃用症候群による影響
まず骨格筋が関与する換気亢進には大まかに2つの経路があります。
- エルゴリフレックス
- 骨格筋量や筋力の減少
エルゴリフレックスは筋肉への物理的刺激に応じて換気量を調整する仕組みでしたね。
安静による廃用症候群はこのエルゴリフレックスを亢進させます。
また心不全が重症化してきてもこのエルゴリフレックスは亢進します。
廃用症候群の人、とくに心不全患者さんが動くとすぐに息が切れる理由の1つはこのエルゴリフレックスの異常です。
動き始めれば基本的にはある程度改善するはずです。
ちなみに明らかな心不全ではない高齢者の廃用症候群でもVE vs VCO2 slopeが余裕で40を超える場合もあります。
VE vs VCO2 slopeが40を超えると生命予後は悪くなりますので、こういう方はどうしたら廃用的生活を抜けださせることができるかに頭を悩ます必要があります。
また廃用により骨格筋も萎縮、変性し、息切れのしやすいミトコンドリアの少ない筋肉(速筋線維:typeⅡ線維)になります。
さらに筋力が低下すると、日常生活レベルの低い負荷(大体3METs未満)でも有酸素運動の範囲を超えるため、二酸化炭素排出量が増えて換気が増えます。
このようにして、廃用的生活を続けることで骨格筋はどんどんと換気亢進しやすい質の悪い筋肉に変化していくのです。
骨格筋以外の廃用症候群の影響
また安静による骨格筋以外の廃用症候群も数多く出現します。
換気亢進に大きく関わるのは次の2つでしょう。(たぶん本当はもっといっぱいありますがこのくらいにしときましょう)
- 交感神経系の亢進
- 起立耐性の低下による易疲労
身体を動かさないと交感神経系は亢進します。
交感神経系が亢進する理由は色々とありますが、ものすごく簡単に言うと、生物にとって身体を動かさない(動かせない)状態というのは、異常事態に他ならないからです。
野生状態であれば、動けない=死の危険を意味します。
エサを取れず餓死する、傷や病気で死ぬかもしれないなどです。
危機的状況下で交感神経系が亢進するのは人間であっても変わりません。
重症心不全でないのに寝てすごしている人というのは、身体を休めるという名目でわざわざ自らを危機的状況に追い込んでいるわけです。
交感神経の亢進は換気を増やす方向に作用します。
このあたりは生理学の基礎だと思いますので割愛します。
起立耐性の低下
起立耐性が落ちるというのは、
- 身体を支えるための抗重力筋の筋力低下
- 起きることで血液が下肢の方へ溜まるのを上に押しもどすための静脈血管の調節機能低下
のことです。
起立耐性が落ちると座っていても立っていてもしんどいということになります。
そうして極度の易疲労により横になって過ごし、それがさらなる廃用症候群を引き起こすわけです。
心不全患者さんの場合、臥床による肺うっ血や胸水の増悪も起こります。
こうして起こった易疲労やうっ血増悪により、換気は容易に亢進します。
このような人にはなんとかして端坐位時間を増やすような働きかけが必要です。
本人に言っても難しい場合は、入院中なら病棟へ離床をお願いする、自宅なら家族へ働きかけたり、デイサービスなどの回数を増やすなど、環境面の調整が重要になります。
こういう人に「運動しましょう!」といっても拒絶されるのがオチです。
まずは身体を起こすことに慣らすことから始めてもらいましょう。
VE vs VCO2 slopeが高い人に対する介入
まず、心不全や肺疾患などが薬剤などでしっかりコントロールされていない場合はその治療が第一です。
次に睡眠時無呼吸症候群(SAS)のある場合も適応に合わせた治療を行うのがよいでしょう。
SASは各種疾患をより悪くするブースター効果がありますので、あまり放っておきたくはないところです。
あとはできる限り廃用的生活を改善することです。
ほとんど横になって過ごしている人なら端坐位へ、ほとんど座って過ごしている人なら軽い筋トレや散歩、場合によっては介護保険制度の利用も考慮するとよいでしょう。
ある程度の運動をしてますという人でVE vs VCO2 slopeが悪い人は肺疾患か心不全など何かの病態を疑ってもよいかと思いますが、実は本人の言う運動が横になってストレッチするだけだったりの場合もありますので、その辺りをうまく聞き出してみて下さい。
携帯やスマホの歩数計が使える場合は、歩数を目安に活動を増やすのもありです。
おそらくですが、廃用進行を止めるのに高齢者でも最低6000-7000歩くらいは必要です。
10分歩くと約1000歩というのも覚えておくとよいでしょう。
ではでは。