心臓リハビリテーションのまにまに

心臓リハビリテーションを10年以上している心リハ太郎が日々考えたり思ったりしているエビデンスのあることないことをつらつらと書いています。

スポンサーリンク

息切れの指標 VE vs VCO2 slopeのわかりやすい(かもしれない)解説 中編




思ってたよりも長くなってしまったVE vs VCO2 slope編の中編です。
前編を読んでいない方はコチラからどうぞ。


今回はいよいよVE vs VCO2 slope(VE/VCO2 slope)の上昇に関わる因子について考えてみます。
ここが分かると様々な場面でVE vs VCO2 slopeの値を柔軟に考察できるようになり、臨床での考え方の幅が広がります。

換気亢進(息切れ)は予後を悪くする

前編ではVE(分時換気量)には体内で生じる二酸化炭素の量が大きく関わり、基本的には二酸化炭素量に応じて換気量が調節されることをお話しました。

これからお話するのは上のような正常なパターンではなく、何らかの病態や廃用症候群などが関わり、体内の二酸化炭素濃度に全然合っていない過剰な換気亢進が起こるパターンについてです。

この過剰換気の度合いを示すのがVE vs VCO2 slopeです。

VE vs VCO2 slopeは心肺運動負荷試験(CPX)で漸増負荷運動(徐々に負荷がしんどくなる運動)を行った際の二酸化炭素排出量(VCO2)に対する換気量の関係性を表す値です。

前編の最後にもお話したように、VE vs VCO2 slopeが高くなると予後が悪くなる理由の一つは心不全の重症度が関わるからです。
心不全が重症になるほど、うっ血による肺の死腔が増え、過剰な換気が生じるようになりますから、息切れでNYHA分類も悪くなりますし、確かに予後が悪くなるのも頷けます。

しかしVE vs VCO2 slopeが高くても、BNPや心臓エコーなどの値に大きな問題がないことも多々あります。
このページをご覧になっている人の中にはこのパターンに悩んでいることが結構多いのではないかと勝手に思っています。

BNPや心臓エコーの値(EFやE/e'など)が悪くなくてもVE vs VCO2 slopeが悪ければ予後は不良になります。

何故なら、
過剰な換気が起こる=息切れ感や呼吸困難感を感じる事が多い
ということだからです。
これは当たり前ですが大事なことで、VE vs VCO2 slopeとはこの息切れを数値化した客観的な指標なのです。

息切れを感じ始めた人は大抵の場合、まず日常生活での活動度を落として安静にし始めます
あるいは息が切れないよう無意識のうちに動き方をゆっくりにしたり、息が切れる前に休み休み動くようになるかもしれません。

このような過ごし方をすると、身体をしっかりと使わなくなるため骨格筋の筋肉量が減少し(サルコペニア)、虚弱状態となりADLが低下しはじめます(フレイルティ)。
また過度な安静により、循環器系の様々な調節能低下も生じたり、活動量低下に伴う労作時高血圧の増悪が起こる場合があります。

このようにして、安静状態の増加は心不全を増悪させたり、さらなる息切れや易疲労感を引き起こし、悪循環が回り始めます。
すると、どんどんとフレイルティが進行し、できるADLや社会参加が減少することでQOL(人生の質)が低下していきます。

したがって、過度な換気亢進のある患者さんには、なんとか換気亢進を改善させるよう働きかけなければならないのです。

換気亢進に関わる心不全以外の因子を知ろう

前編で、ケモリフレックス(化学受容体反射)とエルゴリフレックス(運動器受容体反射)という言葉を覚えていただきました。
これらは、酸や身体活動に対する神経を介した呼吸調節反射のことです。

この呼吸調節反射の異常に関わる心不全以外の因子にはどんなものがあるでしょうか?

結論から言うとVE vs VCO2 slopeの上昇には大きく3つの理由が考えられます。

  1. COPDなどの肺疾患
  2. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
  3. かなりの身体活動量低下がある(強い廃用症候群が存在している)

これらは単独で予後不良となる因子ばかりですが、もしかするとVE vs VCO2 slope高値の予後不良に関わっているかもしれません。

COPDなどの肺疾患とSASは、単体でも予後不良因子となるため否定できるならしておいた方がよい病態です。

順番に見ていきましょう。

肺疾患

疑わしければ肺機能検査をしてもらいましょう。以上。

というのは冗談で、既往歴や喫煙歴、レントゲン、CT画像などから判断しましょう。
もちろん肺機能検査も非常に参考になります。

既往歴に肺疾患があれば肺機能の低下が進行している可能性があります。

また既往歴がなくても、じん肺(粉塵の多い場所での労働歴)、COPD(喫煙歴:ブリンクマン指数など)、間質性肺炎(アンカロンなどによる薬剤性含む)などについては考えておいても損はありません。

このような病態が隠れている場合は、心疾患とは別に換気亢進の原因となっている場合があります。

必要に応じた治療肺疾患に特異的な運動療法プログラムを考慮するとよいでしょう。

またVE vs VCO2 slopeの値が悪化していることを禁煙の動機付けにしてみるのもよいかもしれません。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、言葉通り、睡眠中に呼吸が止まって低換気となることで、CO2の増加、O2の低下が生じ、そのために高血圧、不整脈、心血管疾患のリスクが引き起こされる病態です。

SASには閉塞性(OSAS)と中枢性(CSAS)があります。

OSASは気道閉塞という物理的原因で起こるものです。鼻、咽頭などの構造が関与するため恐らく遺伝も関与してきます。

肥満などによる首回りの肥厚でより増悪する場合もありますし、肥満がなくてもOSASを有する人もいます。

ベッドサイドを訪れた際に寝ている患者さんがひどいいびきをかいていたり、息が止まったりしていたらSASを疑ってみるとよいでしょう。

また

  • 家族から寝ている時のひどいいびきや呼吸停止などを指摘されたことがある
  • 昼間の強い眠気がある
  • 起床時に熟睡感を感じない

などの話を聞き出した時もSASの可能性を疑ってみて損はないでしょう。
(SASとは別の睡眠障害が隠れている場合もあります。)

CSASは心不全他の肺うっ血などによる換気障害が長期間存在し、呼吸中枢や自律神経系が換気調節のポイントをおかしなところでセットし直してしまった状態です。
OSASが長期間続いてもOSASに移行するかもしれません。

エアコンの温度調節がおかしくなって、25度に設定しても28度になってしまうみたいな感じでしょうか。

重症のSASを有する場合、CPX中に、呼吸指標が波打つような波形になる、いわゆる周期性呼吸(oscillatory ventilation)が出現することがあります(重症心不全でも出る場合があります)。

周期性呼吸とVE vs VCO2 slopeが合併すると予後不良になるという報告もあるため、CPXで周期性呼吸が出現した場合はSASの可能性も考えるということを頭の隅に置いておいてもよいかと思います。

心疾患患者さんには、考えている以上にSASが存在しますし、薬剤難治性の高血圧にSASが関与している場合もあります。

OSASの場合はCPAP療法が、CSASの場合はASV療法が効果的と言われています。
これ以上説明するとただでさえ長いこの説明がさらに長くなってしまうので、ご興味のある方は自分で調べてみてください。

あるいは、また別稿で後日説明したいと思いますのでそれまでお待ち下さい。

というわけで、睡眠時無呼吸症候群も重要ですよ、というお話でした。

長くなってきたので次に続きます。
次で最後です。