心臓リハビリテーションのまにまに

心臓リハビリテーションを10年以上している心リハ太郎が日々考えたり思ったりしているエビデンスのあることないことをつらつらと書いています。

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行動変容のステージモデル番外編(逆戻り編)

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こんにちは、心リハ太郎です。

日経ビジネスオンラインに、依存症治療に関する面白い記事が連載されています。 

その中で、行動変容のステージモデルにおける最も重要な要素の一つである逆戻りを考えるにあたり、ものすごく参考になる箇所がありましたので引用して紹介します。

行動変容における逆戻りとは

逆戻りとは、一度始めた行動をやめてしまったり、もとの不健康なライフスタイルに戻ることを言います。

皆さんも、患者さんが喫煙し始めてしまうとか運動をやめてしまうというケースには頭を悩ませているのではないでしょうか。

逆戻り、つまり行動変容に失敗した患者さんを脅したり責めたりすることは簡単ですが、根本的にはその人を治療から脱落させるだけであることを、我々はもっと認識すべきです。

この行動変容の最難関が依存症の治療であり、その領域の知見を教えてくれるのがこの記事です。

依存症の知見が行動変容に役立つ理由

そもそも依存症とは、物質的・精神的な依存状態が関与した非常に強固で変化し難いライフスタイルのことであると個人的には考えています。

依存症といった場合は麻薬などの薬物がまず頭に思い浮かぶかもしれません。

またタバコ(ニコチンやアンモニア)、アルコールなども依存性のある物質です。

しかし、塩分、糖分(炭水化物)なども広義には依存物質なのです。

何故なら、人間は従来狩猟や採集で何万年と行きてきた生物であり、いつでも獲物や食物が手に入るわけではない時代を長らく過ごしてきました。

そのため人間にとって塩分や糖分というものは、非常に貴重なものでした。

体内の細胞を維持するためのナトリウムが含まれた塩分は、昔は現代のように自由に摂ることはできず、運良く狩猟・採集できた動物や植物に含まれるわずかな塩分を体内から逃がさないような仕組み(ナトリウムは尿から99%が再吸収されます)が人間の身体には備わっています。

また人間の生命維持に不可欠なエネルギーを作るための糖分も同様で、昔は一部の野生植物から摂取する以外はありませんでした。

血糖を上げるために働くホルモンは何種類もあるのに血糖を下げるホルモンはインシュリンしかないことからも、いかに人間にとって糖分が重要であったかが分かります。

製塩技術や農耕技術の発達により、塩を自由に使い、また米や小麦、砂糖などの炭水化物を好きなように摂ることができるようになったのは、ここ数百年のことです。

ですから、人間の身体には塩や糖分を食べられるときにできる限り摂っておこうとする本能的仕組み、いわば塩分依存症や糖分依存症の仕組みが備わっているのです。

そう考えれば、心臓リハビリテーションで重要視される禁煙、禁酒に加え、食生活にも依存的性質が関与しているわけで、食事療法や禁煙、禁酒などの行動変容において、ここで紹介されている依存症治療の知見はかなり役立つはずです。

 

記事は国立精神・神経医療研究センターの薬物依存症のパイオニアである松本俊彦さんへのインタビュー形式になっています。

その中から一部抜粋してご紹介します。

「依存症で失ったもの」は治療で取り戻せる:日経ビジネスオンライン

「前にいた神奈川県の専門病院に赴任した当初、私、半泣きで診療していたと思うんです。

だって、治療と言ってもどうやっていいのかわからない。

覚せい剤が嫌いになる薬があったらいいのにとか思いましたが、そんなものない。

せいぜい薬物の恐ろしさを説教するとか、認知症の人の脳の画像を見せて、長年、覚せい剤を使うとこうなるぞと、詐欺みたいな説明までして、それでも効果が出ない。

そこで、予後調査をしてみたんです。

その病院で、覚せい剤依存症の人が、初診からわずか3カ月後にどのくらい通院を続けているか。

3カ月で治療の効果なんて判定できないんですけど、そもそも治療を続けているかどうか。

そうしたらね、3割だけなんです。

7割がもう通院をやめてたんです。

無理ないですよね。週に1回早起きをして、交通機関を乗り継いで、長い時間待って、金を払って、説教を受ける。

これが楽しみでたまらないと思って通うやつがいたらおかしいです」

「実は、薬物依存の患者さんがはじめて病院に来るのって、ほとんど家族やまわりの人が、保健師さんや弁護士さんに相談したりして、本当に苦労して、説得して、はじめて専門病院の外来に来ているんです。

それなのに3カ月で7割をドロップアウトさせるんじゃ、どこが専門病院なんだと思いました。

逆に3カ月続いていた3割の人たちって、要するに幸運にも、その期間、使わずに済んでいる人が自慢しに来てるんですよね。褒めてもらいたくて。こっちも褒めますし。

その調査でも、3カ月続いた人たちの96%は薬を使っていませんでした。

これ、短期間とはいえすごくいい数字です。

その一方で、途中で使ってしまった人は、情けなくて、かっこ悪くて、あるいは医者から怒られるんじゃないか、通報されるんじゃないかと思って、通院をやめちゃってるんですよ。

でも、我々専門医が対応しなきゃいけないのは、わずか3カ月もやめることができずに病院にこなくなっちゃった人たちの方ですよね」

この話を我々に当てはめて考えてみましょう。心臓リハビリテーションの外来に通う人だけを取り出せば、あたかも自分たちの介入が上手くいっているように感じる場合も多いでしょう。

もちろんリハビリの外来に通う人ですら行動変容がなかなか起こらない人も多数います。

しかし国内の調査では心臓リハビリの外来に通う人は入院中に心臓リハビリを受けた人の1割程度であり、全体からみるとごく少数です。

問題の本質は、外来に通わない(あるいは通院をやめてしまう)、行動変容に移せない、あるいは行動変容からドロップアウト(逆戻り)する人たちにあります。

また逆戻りする人の多くは、実は我々の関わり方のせいで入院時から逆戻りもしくはドロップアウトしていて、我々はそれに気づいていないだけかもしれません。

逆戻りさせない関わり方とは

このような人たちはどう対応したら取りこぼしが少なくなるのでしょうか。

そのヒントになるであろう、松本さんがアメリカで見た光景を先の記事から引用します。

「グループ療法で、患者さんがやってきて『先生、また今朝シャブやっちゃったよ』っていうふうに告白したんです。

そしたら、担当していたセラピストがどんな対応したかっていったら、ニコニコしながら『よく来たね』ってハグしたんですよ。

『やろうよ、頑張って。よく来た』って言って。

これは説教してきた私とは正反対なんです。

やっちゃったって言いに来たときこそ、ハグっていうのは大事なんだろうなと思いました」

 罰は効かない、説教も効かない。むしろ、「やっちゃった」人には「よく言ってくれたね」とハグを。

 実にアメリカらしいといえばそれまでなのだが、松本さんのSMARPPでも、ハグはともかく、「やっちゃった」と告白することはむしろ褒められる。

皆さんは、患者さんがタバコ吸っちゃったとか、甘い物食べちゃったとかいうときに責める側に回ってはいないでしょうか?

 

先に述べたように、食事療法や禁煙・禁酒などは基本的には糖分依存、塩分依存、ニコチン依存、アルコール依存などの依存症状に対する治療法とも考えられるわけです。

しかし医療者はとかく逆戻りした患者さんには厳しい事が多く、ともすれば、脅し、あるいは責めるという手段を安易に選択しがちです。

しかし、上で見たように、依存症状の治療は上から物を言うだけではドロップアウトさせるだけであり、解決しないケースの方が多いことに気づきましょう。

失敗を告白してくれたことは次の治療に繋がるチャンスなのです。

我々は話してくれたこと自体を喜ぶことから始めた方がよいのかもしれません。

そしてその後、一緒になってどうしたら依存的状態から抜け出ることができるのかを親身に考えましょう。

 

また、アドラー心理学における課題の分離の観点から、他人を安易に責めずその人の意思を尊重することの重要性について述べた当ブログの記事もよければご覧下さい。

嫌われる勇気と幸せになる勇気は、アドラー心理学について読みやすくかつ心に響く名著でおすすめです。

ではでは。