今回は行動変容のステージモデル、関心期の第2回目で、前回の問題編に続く解決編です。
前回は、関心期とは行動した方がいいことは分かっていても実際の行動には移せていない状態であることをお話ししました。
また、関心期の患者さんが行動を実行に移せない要因を荷物を押して動かそうとする場合に例え、
- 行動の目標が高すぎること(荷物が重い)
- 心理的な抵抗感が強いこと(摩擦力が強い)
の2つであることをお話しました。
今回は関心期の問題を解決するヒントをお伝えする解決編です。
前回の話を読んでいない方は先にそちらをどうぞ。
はじめに覚えておいて欲しい言葉
この関心期 解決編では、いくつかの行動理論が登場します。
まず、どんな言葉が出てくるかだけ先に見ておきましょう。
見たことある単語は頭に入りやすいですからね。
- 意思決定のバランス
- セルフ・エフィカシー(自己効力感)
この二つです。
実際の行動に移すための基本方策
関心期の人が実際の行動に移せない状態は、荷物を押しても動かない状態に似ています。
押しても動かない荷物を動かすときどうしたら動きやすくなるでしょうか?
それには次の3つの方法が考えられます。
- 荷物の重さを調整する
- 地面との間に台車を入れて摩擦を減らす
- 押す力を強くする
これを、どうしたら行動に移すことができるか、に変えてみるとこうなります。
- 行動目標を調整する
- 心理的負担感を軽減する
- 行動の動機(やる理由)を強化する
荷物の重さと地面との摩擦力を上回る力で押せば荷物は動く、つまり行動し始めるということです。
人の行動には拮抗する力が働いており、そのバランスが実際の行動を決めることを理解すれば、行動を変えるのが難しそうな人でも介入できるポイントが見つかるかもしれません。
意思決定のバランス理論とその問題点
この行動に関わる力のバランスを理論化したのが意思決定のバランス理論です。
意思決定のバランス理論は、行動をすることによる恩恵と負担(または利益と損失)のバランスにより、人間の意思決定がなされるというものです。
さらに自分にとっての恩恵と負担、自分の周りの人にとっての恩恵と負担に分けて考えているのが意思決定のバランス理論のキモとなります。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。
今回の話は意思決定のバランス理論をベースにしています。
しかし、意思決定のバランス理論では、人間は行動の結果を想像した上で合理的に判断することが前提になってい(ると思い)ます。
個人的には、人間は常に合理的に判断し行動する訳ではないと考えているため、意思決定のバランス理論に少し物足りなさを感じています。
例えば医療者との関係性で患者さんが行動するかどうかが変わる場合があります。
またその日の気分で行動が左右されることすらあります。
人間が本当に合理的ならば、恩恵が負担を上回りさえすれば行動に移るはずですが、そうはなりません。
実際に医療者の皆さんは、禁煙、食習慣の改善、運動などが身体にいいことを口を酸っぱくして患者さんに伝えているのに全然心に響かないという経験を多くしていることと思います。
これまでの研究では、行動変容のステージモデルにおいて、関心期・準備期では負担感が少なくなり、実行期・維持期では恩恵感が大きくなるとも言われています。
つまり、関心期では負担感を減らすことが行動介入の中心となりますが、負担感は感情や感覚、他者との関係性などといった非合理的なものに左右されやすいため、この非合理性を相手にする時期が関心期だと考えて下さい。
今回の話では、人間の非合理性を織りこんで行動変容を考え、患者さんに介入できることが目標の一つになります。
セルフ・エフィカシーで行動目標を調整する
行動の目標が高すぎて行動に移せないということは、荷物が重すぎて押しても動かないということですから、この場合はまず荷物を軽くすればよいわけです。
ただ、人の行動を考える上で問題になるのは、同じ行動でも人によってハードルを高く感じるか低く感じるかが異なるため、誰にとっても低い目標、誰にとっても高い目標というのを一概には決められないということです。
そこでポイントとなるのは、ある行動に対してどのくらいのことならできそうと感じるかを相手に聞くことです。
この「できそうかどうかの感覚」のことをセルフ・エフィカシー(self-efficacy:自己効力感)といいます。
セルフ・エフィカシーは、ある行動を行う自信が何%くらいあるのかを聞いて確認すると客観的な数字になって分かりやすくなります。
0%は全く自信がない状態、100%は絶対自信がある場合、50%はどちらとも言えない状態です。
人間は自分ができると思える行動は実際に行えますし、できないと思う行動は、始められないか、もし始めることができたとしても、すぐやめてしまいます。
セルフ・エフィカシーの高い行動とは、実際に似た行動を経験したことがあったり、継続して行なっている行動だったりすることが多く、実行に移しやすいと言われています。
そのため、行動科学の分野では、目標設定を行う際に、その人にとって荷物が重すぎないかを確認する方法としてセルフ・エフィカシーを使うことが効果的と考えられています。
例えば患者さんに10分歩き続ける自信は何%くらいあるか聞いたとしましょう。
60%ならばなんとか出来そうだということなので、荷物の重さは許容できそうですし、30%なら自信がないわけですから荷物をもう少し軽くした方がよい思われます。
また、セルフ・エフィカシーが100%ならば、目標のハードルが低すぎてクリアすべき課題にもなっていない可能性があります。
提示した目標よりも最終目標がもっと高い場合、例えば10分歩行を提示したが、最終的には30分歩いて欲しい場合などは、少し目標のハードルを上げた設定も考慮してみて下さい。
個人的にはセルフ・エフィカシーが60〜80%くらいならば挑戦してみてもらってもよいかなと考えています。
逆にセルフ・エフィカシーが50%未満と低い場合は、患者さんにとって自信のない原因が何なのかをしっかり把握することが重要です。
長く歩いたことがないだけなら5分に時間を減らしてみることが有効かもしれませんし、試しに10分歩かせてみたら、それほど長く感じず、セルフ・エフィカシーが高くなるかもしれません。
しかし、もし膝が痛いとか、足がふらつくので転びそうとか患者さんが思っている場合は、そもそも歩く時間の問題ではなく、歩くこと自体に不安があり、自信がないわけです。
その場合は膝の痛みを軽減するような治療法やエルゴメータなどの足に荷重がかかりにくい運動方法を選んだり、足のふらつきをなくすために下肢の筋力強化やバランスを改善するメニューから始めるなど、個別的な対策が必要になるかもしれません。
こういった問題の解決には多職種連携が大事になりますので、医師や理学療法士に相談してみる、痛み治療専門の部署があればそこに相談してみるなど、様々な解決法を考えてみて下さい。
このようにセルフ・エフィカシーを用いて、荷物を動かし始められる程度の適度な重さ、行動目標の高さを探りつつ、セルフ・エフィカシーを制限する原因がある場合は、そこにアプローチしていきます。
なお、上記のような痛み、ふらつきなどの心臓以外の患者さんが不安に思っている問題を解決することは次の「心理的負担を軽減する」ことに繋がります。
患者さんの抱える不安や問題を解決に導くことで、医療者への信頼感が大きくなり、後にその医療者が同じ事を言った場合でも患者さんの受け入れがよくなることがありますので、個人的にはチャンスと考えることが多いです。
この辺りは人間の非合理性が色濃く出る部分です。
同じ事を言われてもその人のことを好ましく思うかどうかで反応が変わるわけですからね。
心理的負担感を軽減する
前回の記事では「行動しない理由」「行動できない理由」として
- 〜がない(時間、お金、道具、人の協力など)
- 行動するのが精神的、肉体的にしんどい
- 反対する人がいる
- しないほうがメリットがある
などがあるというお話しをしました。
上記のような理由が多いほど、またそれを本人が変えられないと思っているほど、ザラザラとしたアスファルトのように摩擦力の高い地面になるわけです。
ちなみに同じ状態でも、その問題を本人が自分でコントロール可能だと考えている場合は、地面のザラつきは少なくなります。
行動すべき理由があっても、摩擦力が強ければ荷物が動かず、行動に移せません。
時間がないとか道具がない、はたまた家族の協力が得られない、しんどい、などの理由は、その人以外からすると「そんなことないじゃん」「こんなの大したことないじゃん」と思うケースも多いです。
しかし、人間の心にとって最も大事なことは、自分がどう感じているかであって、実際がどうかではないのです。
その人が「時間がない」と感じていれば、その人にとってはそれは事実なのです。
日本橋ヨヲコ『少女ファイト』1巻より(転載:著者許諾あり)
ですから、まずは患者さんが言うことをすぐには否定せず、その言い分を聞いてみてください。
そして、どうしたら解決に向かうのかを患者さんと一緒になって考えてみたり、勇気付けの声をかけてみてください。
否定や押し付けではなく患者さんの目線で一緒に問題を解決したいと言う医療者の気持ちは、患者さんの心のザラザラした地面と荷物の間に入り、摩擦を軽減する台車の役割をします。
自分の側に立ってくれる人がいるということは、病気の人にとって医療者が考える以上に心の支えになり、それが信頼関係に繋がることで、この人の言うことには耳を傾けてもいい、やってみようかなという気持ちになることもあります。
逆に、経験の浅い医療者や自分の言う事を押し付けがちな性格の医療者が患者さんに話をする場合、身体機能、精神機能の低下、易疲労感、身体の痛みなどの摩擦力になりうる要素をあまり考慮せず、相手の言う事に耳を傾けず、自分の言いたいことばかり言うと、医療者に対する患者さんの信頼感が低下し、摩擦力が増すこともあります。
行動の動機(やる理由)を強化する
行動する方がよい、という判断は、その行動が自分の問題を解決する手段となると思えた場合になされます。
例えば心筋梗塞になった73歳のAさんに運動をして欲しい場合を考えてみましょう。
もしAさんが、心筋梗塞の再発を防ぐことが重要だ!と心から思っていれば、運動によって再発予防できることが理解できれば運動を始めることを検討し始めるでしょう。
しかし、心筋梗塞の再発予防という言葉がAさんの心にそれほど響いていない場合は、運動に心筋梗塞の再発予防効果があると言われても、運動を始めることは検討しないかもしれません。
もしかするとAさんは最近足腰が弱ってきていることを薄々感じていて寝たきりの予防に潜在的に興味がある場合、歩くと足腰が強くなり寝たきりを予防できるよと言われたら運動を検討し始めるかもしれないのです。
あるいは、最近孫が生まれたので孫が成長する姿を永く見ていたいから長生きしたい、と言う場合だってあるかもしれません。
こういった病気に限らない患者さんに関する様々な話題について、相手のことを知りたいと思いながら話をすることで、思いもしなかった「行動する理由」が見えてくることがあります。
話を聞くというのは一見大変に思えますが、相手に興味を持てばなかなか面白い話が聞けるものです。
その中から行動を後押しする何かを掘り出してみましょう。
前向きな気持ちで掘り出したものはポジティブなものですからきっと行動変容の役に立つはずです。
まとめ
初めの方で述べたように、関心期は合理的な理由だけで行動を始める時期ではなく、むしろ非合理的とも思えるような、一見関係のない事柄、人間の好き嫌い、快不快などの感情、痛みや不安など様々な理由が関与する時期です。
そこに、正攻法で正論だけを述べても効果が出ないことも多いです。(もちろんどういう効果があるかを説明するのは大事ですよ!)
まずは非合理的な動機でも構いませんので、行動の第一歩を踏み出せるよう、利用できる情報やきっかけは何でも使い、行動へと患者さんを導くことも考慮してみてください。
これが関心期の患者さんに対して最も重要なポイントになるはずです。
ではでは。