心臓リハビリテーションのまにまに

心臓リハビリテーションを10年以上している心リハ太郎が日々考えたり思ったりしているエビデンスのあることないことをつらつらと書いています。

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左室拡張能(e', E/e')のわかりやすい(かもしれない)解説

2020/5/3 改訂

ひと昔前は左室拡張能の指標はこれだ!というものがない時期が続いていましたが、今はE/e'という素晴らしい指標ができました。

しかし、この指標が出てきたころ、私は「なるほど、わからん」と頭の中が???状態でした。

ですので、この記事ではE/e'を含め、左室拡張能について全くわからない人がなんとなく理解できるようになるべく簡単に説明するつもりです。

 

まずは出てくる言葉を紹介

まずどうしても覚えておかないと話ができないという言葉を先に紹介しておきます。

後で急にわけのわからん言葉が出てくると頭が混乱しますからね。

こんな言葉があるんだ程度に眺めてもらうだけでOKです。

  • E波(いーは)
  • A波(えーは)
  • e'(いーぷらいむ)
  • E/e'(いーばーいーぷらいむ)

とりあえずこの4つです。なんとなく覚えましたか?

ではここから説明です!

左室拡張能はスポイトと水鉄砲を想像するとわかりやすい

まず「拡張能」という言葉が分かりにくいですよね。拡がる能力?だからなんなの?って気持ちになります。

 

ここでは拡張能とは左心室の血液吸いこみ能力のことだと考えてください。(注:左室拡張能の構成要素は弛緩能含め多数ありますが、この記事では初心者に分かりやすくするため、拡張能=左心室の血液吸い込み能力というように単純化しています)

 

頭の中で理解するときは理科で使ったスポイトを思い浮かべるとかなりわかりやすいです。スポイトの頭を潰すと潰したところが膨らむ時に液体を吸い上げます。

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これと同じことが心臓でも起こっています。左心室が収縮して血液を送り出した後、元の大きさに戻る(拡張する)時に左心房から血液を吸い上げるのです。この力を陰圧といいます。

 

左心房から左心室への血液の移動は、左心房が収縮して左心室に血液を送り込むイメージを持っている人が多いと思いますが、実はこの陰圧による血液吸いこみで移動する血液量の方が多いのです。

 

心臓というのは、血液が左心室にたくさん溜まらなければ、全身にたくさんの血液を送り出すことができません。

 

当たり前ですよね?水のほとんど入っていない水鉄砲を打っても全然水が出ていかないのと同じことです。

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左室拡張能は心エコーの発達で測定できるようになった

普通に考えたら当たり前のことなんですが、この血液吸い込み能力が、みんなが思っていた以上に重要だったことが明らかになってきたのは近年になってからでした。

 

これは心臓エコー検査の技術、特にドップラーや3次元的な解析法などが発達し、左室拡張能を評価できる方法が確立され、研究が進展したという理由が大きいです。

 

左室拡張能(血液吸い込み能力)が心機能にとって重要だということは、以前から理論的には考えられていたのですが、それを測る技術が以前は存在しなかったのです。ですので、左室肥大があるとか左室の内腔が狭そうだなとか形態的な特徴から左室拡張能が悪いかもしれないという仮説を立てるほかなかったのです。

 

それが近年のドップラー技術と解析法の発達により、心エコーでは形態的な変化だけではなく、血液の移動速度や移動量が推定・測定できるようになり、この分野が急激に発展したのです。

 

個人的には本当にありがたいことだと感じています。

左室拡張能と心不全

元来、心不全になるのは左室収縮能(EF)が悪い人だと考えられていました。これはエコー技術が未発達であったために、心不全に関連するような妥当な指標がEFしかなかったことが理由と思われます。

 

しかし、近年になって心臓の収縮能力を示すEFには何も問題がないのに心不全になる患者さんがどんどん増えてきました。

このような人の左室拡張能を、現在の発達したエコー技術を用いて測定してみたら心不全との関連が認められた、というわけです。

 

EFを重要視した考え方が中心だった時代に臨床をしていた年配の医師などには、まだ左室拡張能の重要性にあまりピンと来ていない方も多い気がします。*1

しかし、今後の循環器における臨床では、左室収縮能だけではなく、左室拡張能やその他の新たな指標を取り入れていかないと、なぜ心臓が悪いのかを判断できないケースが増えてくるものと思われます。

とにもかくにも、上のような理由から左室拡張能は最近はかなり重要視されるようになってきたのです。

少し脱線してしまいましたので、E/e'の説明に戻りましょう。

E波とは吸いこみ速度のこと

左心房と左心室の間には僧帽弁という逆流防止弁がついていますが、この僧帽弁付近を通る血液の流速を測定したのがE波A波です。

 

E波のEはEarly(早期)という意味です。

A波のAはAtrium(心房)という意味です。

 

左心房から左心室への血液の移動は上で説明したように2段階で行われています。

左心房から左心室への血液の移動は、左心房が収縮して左心室に血液を送り込むイメージを持っている人が多いと思いますが、実はこの陰圧による血液吸いこみで移動する血液量の方が多いのです。

この2段階の血液移動は、左心室の陰圧(スポイトのように吸い込む力)による移動(E波)と、左心房の収縮による移動(A波)です。

 

E波が大きいということは、左心室が拡張するときに陰圧で勢いよく血液を吸いこんでいるということです。

 

たくさんの血液を吸い上げられれば、水鉄砲の説明の通り、次の心臓の収縮でたくさんの血液を出すことができますよね。

 

ですからE波が左心室の血液吸いこみ能力(拡張能)をみるための大事な値になるのです。

 

A波の変化は何を表すか

しかし何らかの原因で左心室の血流の吸い込み能力が落ちると、まずE波が小さくなります。


このとき左心房には本来なら吸い上げられたはずの血液が残ってしまっているため、結果的に左心房の収縮によって血液が左心室にたくさん移動することになり、A波が大きくなります。


これが拡張能(左室への血液移動能力)低下の第一段階です。


しかし左心房はそんなに強い筋肉を持っているわけではありません。
なので長い間この状態が続くと徐々に左心房が疲れて血液を送り出せなくなってきます。


すると左心房が左心室へ送り出す血液量が減ってしまい、A波が小さくなってきます。これが拡張能低下の第二段階です。
おそらくこの辺りから実質的な心臓のポンプ機能が低下してくるのではと思われます。

 

A波が小さくなるということは、左心房の中に血液が残っている状態がずっと続くということです。

 

これは言い換えれば左心房の中の圧力が高くなっているということになります。

 

左室拡張能の低下により左室の吸い込み能力や左心房の血液を送る能力は低下しますが、常に高い左心房の圧力によって左心室の拡張期に左心房から左心室へ血液が移動するようになります

 

このように、高くなった左心房の圧力によって心臓の中の血液の移動が代償されるようになると、再びE波が高くなります。

 

最終的には左心房内にたまった血液の圧力が高くなりすぎてうまく左心房が収縮ができなくなったり、心房細動という左心房が細かく震えてしまう不整脈が出現したりして、左心房の収縮によって血液を左心室に送る機能が低下すると、A波はものすごく小さくなったり、場合によっては消失したりします。

 

A波が小さくなっているときは左心室の拡張能はかなり低下している状態になっていると考えてよいでしょう。

 

拡張能の指標の一つ E/A

左心室の拡張能低下が進行すると、上で説明したようなE波とA波の変化が生じてきます。

E波をA波で割った、E/A(イーバーエー)という拡張能の指標は、この変化を捉えようとしたもので、4つの段階があります。

 

以前はE/e'はなく、左室拡張障害はE/Aを見て判断していたんですが、これが分かりにくいんですよ!

  1. 正常(E>A)
  2. 軽度低下(E<A)
  3. 偽正常化(E>A)
  4. 高度低下(E>>A)

 

数字の大小だけで見ると1の正常と3の偽正常化の違いが全然理解できません。「結局のところ拡張能が低下しとるのかしとらんのかどっちやねん!」となります。

 

しかし拡張能低下の進行に伴い、心房が収縮したときの血流量が次第に減ってくるということが理解できると、E/Aは理解しやすくなります。(個人的にはE/e'がまだなかった時代は本当にわけがわからなくて一時期理解することをあきらめたのは苦い思い出です。)

 

もう一つの拡張能の値、e'(左室弛緩能)

さて、ここまでの説明で、血液の流れは見ているけれど実際の心臓の拡がる動きを見る指標がないなということにお気づきでしょうか?

 

ここで出てくるのがもう一つの主役、e'です。

 

e'は僧帽弁輪の動きの速さです。

 

と言われても、なんだかよく分からないはずのでもう少し説明します。

 

僧帽弁輪は、左心室と左心房の間にあり、血液が逆流しないようにしている僧帽弁の根本の部分で、心臓が収縮したり拡張したりする時に左心室の動きに付いて動きます。

 

左心室が拡張するときの僧帽弁輪(左心室と左心房の境界)の動きを見れば、左心室が勢いよく拡がっているのか、そうでないのかが分かる、つまり心臓が拡張する動きの良さが分かるということです。

 

ここに注目し、僧帽弁輪の動きの速さを見れば、左心室の拡張能(=左心室の拡張期の動きの良さ)数値化できるんじゃない?と考えた頭のよい人がいました。

 

この僧帽弁輪の動きの速さがe'なのです。

ですから、「拡張」能という言葉通りの意味では、このe'が拡張能の指標であるともいえます。

 

左心室が血液をたくさん溜められるためには、心臓の筋肉がしなやかにすばやく緩んで拡張できることが大事なわけですから、e'左室弛緩能と言い換えることもできるでしょう。

 

心臓が緩んで拡張し、僧帽弁輪が動く様子を頭の中で頑張ってイメージしてみて下さい。

 

拡張能の悪い心臓ではe'が小さく(=僧帽弁輪の移動速度が遅く)なります。

 

e'の正常値はおおむね8以上と言われます。8未満の場合は左心室が拡がる動きが何らかの原因で阻害されている(=左室弛緩能が低下している≒左室拡張能の低下が始まっている)と考えてよいでしょう。

e'の測定には、左心室と右心室を隔てる壁(中隔: septal)側、もしくは左心室の側壁と呼ばれる壁(側壁: lateral)側で、左心室が拡張し始めた際の僧帽弁輪の動きの速さを測定するのがスタンダードになっているようです。

実際には

・中隔側の僧帽弁輪の動きの速さ(septal e')が7cm/秒未満

もしくは

・側壁側の僧帽弁輪の動きの速さ(lateral e')が10cm/秒未満

が、e'の異常値=左室拡張能低下を疑う、とされています。

詳しくはこの辺りの論文をお読みください。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27037982

 

以上より、e'が小さければ、左心室が拡張する動きは低下していると言えます。

 

一方、e'は僧帽弁輪の動き=心臓の動きだけを見ており、実際の血液の移動については見ていません

 

拡張能が心臓の血液の吸い込み能力だとすれば、 実際の心臓の機能は血液をどれだけしっかり送れるか、で決まりますから、やはり血液の流れを加えた指標が重要になります。

 

ここで先ほどお話ししたE波(左心室が拡張を始めた際に左心室に流れ込む血液の速度)が再び登場するというわけです。

 

心臓内の圧力(内圧)を示す拡張能指標、E/e'

E波をe'で割った値がE/e'ですが、これは何を示すのでしょうか?

 

はじめの方で説明したようにE波左心室の拡張障害が軽度なときに一度低下し、中等度で元に戻ったように見え(偽正常化)重度になると上昇してくるのでした。

 

また先ほど説明したe'左心室が拡がる動きの速さを見ていました。

左心室が拡張する動きが悪くなるほどe'は低くなるのでした。

 

E/e'の値は

・e'が小さくなる

または

・Eが大きくなる

ことで大きくなってきます。

 

拡張能低下の初期段階ではEもe'も低下するのでE/e'の数値はあまり変動しません。

 

拡張能低下の中期ではEの再上昇が始まり、e'は低下するため、E/e'は上昇し始めます

 

拡張能低下の後期では、Eはさらに上昇し、e'の低下(場合によってはさらに低下が進む)により、E/e'がさらに上昇してきます。

 

E/e'の正常値は8未満で、13を超えると心不全との関連が強くなり、15を超えると心筋梗塞後の予後が悪くなると言われています。

 

収縮能の指標であるEF(左室駆出率:Ejection Fraction)はビジュアル的に分かりやすいんですが、E/e'はビジュアルとして想像しにくいです。

 

しかし、上で説明したようにE波とe'というものがそれぞれ何を見ているのかを頭の中でなんとなく想像できるようになると、E/e'が高いと左心房から左心室への血液の流れ(=左室拡張能)が悪くなっているんだなあということがわかるようになってきますよね。

 

以上、簡単ですが、E/e'および左室拡張能についての説明でした。 

 

なかなか理解の難しい指標ですが、この記事をきっかけに少しでも左室拡張能やE/e'の理解が深まりましたら幸いです。

 

こちらで心機能を考えるための4つの因子について説明しています。心臓がどのような因子に左右されるのかについて詳しく知りたい方は是非ご覧下さい。

 

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初学者向けから中~上級者向けまでいくつか選んでいますので、よろしければ参考にしてください。 

 

リンク先に行くのが面倒な人は、この辺りをチョイスしておくとよいかもしれません。 

ではでは。

*1:数年前の初校時はそうでしたが今ではだいぶ様相が違ってきましたので安心しています。