こんにちは、心リハ太郎です。
患者さんと話をしていてものすごく腹が立ってくることはありませんか?
僕はあります(笑)。
でも不思議ですよね。なぜ他人のことなのに腹が立つんでしようか?
それはあなたが「課題の分離」を身に付けていないからです。
もしあなたが「課題の分離」を身につけることができれば、患者さんとのコミュニケーションは劇的に変わるでしょう。
課題の分離とは?
課題の分離とはアドラー心理学で提唱されている考え方で、「他人の人生の問題についてその人の責任と自己決定権を尊重する」ということです。
もっと簡単に言えば「他人の意思決定に口を挟まない」ということです。これは「あなたの意思決定について誰も口を挟む権利はない」という意味でもあります。
誰でも自分の行動を人から指図されたらムッとするものですが、その理由は自分の課題に他人が土足で踏み込んできているからです。
課題の分離をおこなうためには、その課題が誰の課題なのかをはっきりさせる必要があります。
例を挙げてみていきましょう。
タバコをやめない患者さんの例
どうしてもタバコをやめない患者さんがいるとします。
何回タバコを吸うことが病気につながるのかを説明しても一向に禁煙するそぶりもありません。
何度もカテーテル治療を繰り返していますが本人には懲りる気配もないのです。
あなたも1度目、2度目の入院では親身に接していましたが、3度目になると「だから禁煙しなさいと言ったでしょう」と少し怒り口調になってきます。
4度目になると、「もうこの人はダメな人だから言うのはやめよう、放っておこう」と考えるようになりました。
5度目の入院は心不全を起こして息も絶え絶えの入院でした。
あなたは口では「大変でしたね」と言っていますが、内心では舌を出しながら「自業自得だ」と思っています。
そこから2年ほど心不全の入院を何度か繰り返した後に患者さんは亡くなってしまいました。
あなたは思います。
「自分には何かできることは本当になかったのだろうか?どこかで関わり方を間違えたのではないだろうか?」
タバコをやめるかどうかは患者さんの課題
タバコをやめるかどうかは、本質的にはその患者さん本人の問題です。タバコを吸うことで患者さんに起きる病気や家族との関係の問題や金銭の問題などは医療者の問題ではないのです。
なぜならタバコをやめないことで起こることへの責任は患者さん本人が負うしかないものだからです。
このように患者さん本人の責任の範疇にある限り、その方の意思は尊重されるべきなのです。
これが課題の分離です。
この考え方に納得できない方は、もし自分が患者だったらと考えてみて下さい。
好きなお菓子を食べること、美味しい料理を食べること、お酒を飲むこと、タバコを吸うこと、運動をせずに楽に生活することなど、自分がやりたくてしていることを、他人からやめるように強制されたらどう思いますか?
「俺の好きにさせろ!」「私の人生は私が決める!」と思いませんか?
他人の人生を尊重するということはそういうことです。あなたが思うことは患者さんも当たり前のように感じることなのです。
しかし、なぜか我々は自分がされて嫌なこと、つまり他人の人生に軽々しく口を出すということを自分以外の人間には平気でしてしまいます。
「禁煙して下さい」と言うのは他人の人生に口を出していることに他なりませんが、ほとんどの人はそのことを意識していません。
そして自分は正しいことを言っている、相手のためを思って言っていると思い込んでいるので、相手が自分の言うことを聞かないと腹をたてるわけです。
でも本当は腹を立てるべきは患者さんなのかもしれません。
自分の人生に責任を取ってくれるわけでもない他人が口を出してきているわけですからね。(実際に怒る方も結構いますよね。)
もしあなただったら、そんな人の言うことを聞こうと思いますか?
もしかすると患者さんがあなたの言うことを聞かなかったのは、それが理由なのかもしれません。
医療者の課題
患者さんが自分の行動をどうするかは患者さんの課題(他者の課題)だと言うと、我々にできることはないような気になります。
人によっては、自己責任なんだからタバコを好きに吸って病気にでもなんでもなればいい!と思ってしまう場合もあるでしょう。
では患者さんのために医療者ができることはないのでしょうか?
医療者の課題とは何なのでしょうか?
患者さんは基本的に自分の病気について詳しい知識を持っているわけではありません。
知識はインターネットで得ているという患者さんも結構おられますが、専門的な勉強をして、専門的な経験を積んでいないがために、情報の重要性の重み付けができず、ネット上に氾濫する様々な情報に振り回されて頭でっかちになってしまっていて、結局何が正しいのかがわからなくなっていることが多いです。
ですので、無知や思い込みゆえに医療者からすればとんでもない選択をしてしまう患者さんが結構います。
ですので患者さんがなるべく自分のためになる選択ができるよう、必要な知識、情報、治療法の選択肢などを医療者が患者さんにわかりやすく伝えることが重要なのです。
先のタバコの例で言えば、その人が納得できるような資料を用意したり、話し方や接し方を考えて、「私はあなたのことを本当に心配している。喫煙はこういう理由であなたに害を及ぼす。できることならあなたに禁煙して欲しい。」と真摯に伝え、それを諦めずに続けるということです。
また、病気になったことで不安を感じている方がほとんどであり、不安のために意思決定が妨げられる場合もあります。
そのような場合、患者さんの不安を和らげるような説明・関わりをする必要があります。脅すことで言うことを聞かせようとするのは不安を増長するかもしれません。
上に書いたようなこと、つまり伝えるべきことを伝えるために、心を砕き、相手に届くような形で伝える努力をし続けることこそが医療者の責任の範疇であり、医療者の課題なのです。
他人の人生を左右しうる非常に重要な役割、つまり意思決定のための情報提供の役目を医療者が担っているわけです。
そのことを我々医療者はもっと自覚した上で患者さんに関わるべきなのですが、実際は無自覚な人が多いのではないでしょうか。
インフォームドコンセント(IC)が十分行われておらず不安に苛まれている患者さんをみるたびに私は残念な気持ちになります。
課題の分離によりコミュニケーションが改善する
さて、患者さんの課題は、治療の選択肢を選ぶために知識・情報を得て、それをもとにどういう治療法を選ぶか(あるいは治療を選ばないか)を自己決定することでした。
医療者の課題は、患者さんが自己決定できるためのサポートを行うことでした。
医療者が課題の分離をすることで何が起こるのでしょうか。
患者さんの行動は患者さんが決めていいものなのだということを意識することで、もし患者さんが自分の言うことを聞かなかったとしても、自分の感情が振り回されず、感情的な対応をしなくなるケースが増えるのです。
タバコをやめない患者さんの例であったような、相手に諦めの気持ちを抱いたり、報復の気持ちを抱くことが少なくなるということです。
それにより医療者の課題、つまり患者さんの意思決定をできる限り理想的な形でサポートすることに本心から取り組めるようになるのです。
そして患者さんが自分の言うことを聞かなくても、そのことでネガティブな感情が生まれなくなると、仕事の辛さが改善されます(実は職場の人間関係にも全く同じことが言えます)。
また患者さんが自分の意思を尊重する態度を医療者から感じた場合、医療者への態度が軟化することがあります。
自分のことを大事にしてくれる人の言葉は素直に聞いてもいいかもしれないと思うものです。
このように、課題の分離は一見相手を突き放すかのように思える考え方ですが、実は人間関係を和らげ、コミュニケーションを改善するきっかけにもなりうるのです。
アドラー心理学を知ろう
私はこのような着想を『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』という本から得ました。
この2冊はフロイトなどと同時代に活躍したアドラーという心理学者の考え方をもとに
- 我々の抱える悩みの根源は何か
- 他人をどう捉えればよいのか
- 人間とはどういう存在であるのか
- 人生に対してどう臨むべきか
- 人を愛するということはどういうことか
など、すべての人間に共通する悩みや苦しみ、そして喜びについて記してある名著です。
哲人と青年の会話形式で物語が進むので、本を読むのが苦手な人でも結構スラスラ読めます。
題名だけ見ると、人に嫌われてもよいから自分を大事にしようみたいな内容と思われがちですが、上で述べてきたように、実は正反対の内容です。
これまで何度か述べているように心臓リハビリテーションとは単なる治療に留まらず、心臓病によって患者さんが失ったものを取り戻す過程のことです。
心臓病の発症には性格やうつなども関係していると言われており、もしかすると病気になる前から性格やうつなどで既に失っているものがあるかもしれません(そもそもうつはICF-国際生活機能分類-でいうところの心身機能の問題で、それが活動や参加、環境因子など人生に広く影響を及ぼす状態です。うつに関してはまた他の機会に述べます)。
ですので、目の前の患者さんがどういう性格の人間でどのように自分の人生に臨んでいるのかを知ることで、患者さんの人生でこれまで失われてきたものを考えたり、そういう性格の人が心臓病になって今後失われる可能性のあるものを想像したりすることは、心臓リハビリテーションに携わる者にとってはとても大事な要素になり得ます。
そして医療者にとっても、自己の課題(医療者自身ができること)と他者の課題(患者さんがすること)を分離した上で他者の自由意思を尊重する思考法を身につけることで、患者さんの立場や意見を受け入れやすくなります。
また、患者さんが過去にばかり目を向けていて話が進まない時に、これからどうするかを一緒に考えるという視点の提供ができると話がグッと進むこともあります。
そういう意味でも対人コミュニケーションの必要な職種に就いている方には是非読んでいただきたい本です。
特に続編の「幸せになる勇気」は、「嫌われる勇気」を読んで陥りがちな他者とのコミュニケーション不全や自己正当化を解決するための思考法が書かれており、個人的には「嫌われる勇気」よりもさらに名著だと思います。
最後の方では感動で自然と涙がでていました。自分にとっては人生が変わったと言ってもいい瞬間でした。
是非皆さんも読んでみて下さい。
ではでは。