心臓リハビリテーションのまにまに

心臓リハビリテーションを10年以上している心リハ太郎が日々考えたり思ったりしているエビデンスのあることないことをつらつらと書いています。

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心臓リハビリテーションにおける軽度認知障害(MCI)と認知症をどう判定してどう扱うか


こんにちは、心リハ太郎です。

患者さんの高齢化が進み、リハ室を見渡してみると患者さんの多くは80代の方で、そこに90代の方もちらほら混じってたりします。

もしかすると心リハ患者さんの平均年齢がそろそろ80歳超えてくるんじゃないかな?とたまに思ってしまう今日この頃です。

このような時代には、これまで通りの考え方では対処できないケースがかなり増えてきます。

その一つが認知機能の問題です。

心臓リハビリテーションが対象とする循環器疾患(心臓や血管の病気)は再発が多いことが特徴です。

循環器疾患の再発を防ぐためには、患者さん自身が服薬や食事など多岐にわたり自己管理を行う必要があります。

一生懸命に治療をして、一生懸命に管理方法を患者さんに伝えても、自己管理能力が低い方の場合は、それに気付いてなんらかの手を打たなければ、患者さんが自宅で効果的な管理ができず再発します。

そのため、患者さんに自己管理能力があるかどうかが再発予防の鍵となりますが、この自己管理能力に大きく影響するのが認知機能なのです。

心臓リハビリテーションにも押し寄せる高齢化の波

心臓や血管の病気は継続的に管理しないと再発してしまうことが非常に多いため、心リハでは再発予防の視点で患者さんに関わることが重要となります。

そのため心臓リハビリテーションでは、

  1. 患者さんに病気の説明をし
  2. 再発を防ぐための服薬管理や食事管理、運動療法などの必要性を理解してもらい
  3. 退院後患者さんが自宅で実践する

ということが基本的な方針として行われてきました。

しかし、高齢化の波が心臓リハビリテーションにも押し寄せ、対象者の高齢化が急激に進んでいます。

高齢者にはそもそも病気の理解が難しい

高齢者が全てそうとは言いませんが、特に後期高齢者の方では、どれだけ病気の話をしても理解しているようでしておらず、疾病管理の話をしても耳には届けど頭に入らず、翌日にはほとんど何も覚えてない、なんてケースにも結構な確率で遭遇するようになってきました。

何度も心不全増悪を繰り返して入院してくる高齢患者さんの場合、入院中どれだけ服薬内容の調整をしたり、疾病管理の話をしたりしても焼け石に水で、家に帰ると薬すらうまく飲めておらずすぐに再入院してしまうこともよくあります。

心不全がどんな病気かということを理解するのは非常に難しく、医療者でさえ分かっていないこともあるくらいです。

そのような訳が分からない心不全という病気の管理方法を覚えて、日常で実践することは、歳をとった医学的な知識がない方にとっては輪をかけて難しいのです。

実のところ、このような難しい課題を高齢者に与えること自体が本当は間違っているわけですが、じゃあ他に方法があるかと言われれば、高齢世帯や独居の場合、現状ほとんど手立てがないかもしれません。

このことは現在の心臓リハビリテーションの対象者には従来のやり方では効果が得られない方が増えており、心リハの考え方や対処法を根本から変える必要がある、ということです。

その際には、従来の方法では効果が見込めない人をどうやって見つけるかが重要になります。

この際にキーワードになるのが軽度認知障害(MCI: mild cognitive impairment)です。

MCIとはどのようなものなのでしょうか?
認知症とは違うのでしょうか?

MCIは認知症と違って気付かれにくい

MCIは認知症の前駆症状とされ、MCIが進むと認知症になります。

一般的には認知症が問題とされることが多いですが、心臓リハビリテーションの領域ではMCIも非常に問題になります。

なぜでしょうか?

認知症は見た目にも分かりやすく、自分だけでは日常生活が送れない状態です。

そのため、認知症の人は誰かが管理することになりますので、他人の目が入ります。

一方、軽度認知障害は自己管理に問題が生じていますが、日常生活は一見問題なく送れているように見えてしまいます。

そのためMCIには他人の目が入らなかったり、家族が問題視しなかったりします。

はじめにお話ししたように、心リハでは自己管理が重要ですので、自己管理ができなくなり始めるMCIはかなりヤバいのです。

しかし、生活機能に大きな問題がないMCIは現状ではあまり重要視されていません。

MCIを理解するには認知症との違いを理解することがまず重要です。

認知症と軽度認知障害の違いは次のようなものです。

認知症とは

認知症とは認知機能の低下により日常生活に支障をきたす症状のことを言います。

認知症には様々な原因があり、原因のいくつかが合併していることもあります。

認知症についてはこちらで詳しく読めます。

大きく分けると、脳の血管が詰まったり血流が悪くなることで起こる脳血管性の認知症と、脳が変性することで起こるアルツハイマー型やレビー小体型の認知症があります。

認知症とは既に社会性や生活機能が失われてしまった状態です。

目の前にいる患者さんが認知症を発症してしまっている場合は本人への疾病管理改善のための言語的アプローチや行動変容アプローチはほぼ無効と考えてもよいと思います。

そのため家族や訪問看護師、施設などの人に心不全管理方法を説明し、実行を依頼することになります。

ここを怠ると心不全を何度も増悪させかねません。

軽度認知障害(MCI)とは

MCIの定義は次のようなものです。

  1. 記憶障害の訴えが本人または家族から認められている
  2. 日常生活動作は正常
  3. 全般的な認知機能は正常
  4. 年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する
  5. 認知症ではない

軽度認知障害(MCI)とは? | 認知症ねっとより

記憶障害を主体とし、日常生活や他人とのコミュニケーションは大きな問題なく送れるという状態です。

問題は短期記憶や病気の理解などが悪く、疾病管理方法を本人に伝えても、充分に行えないことです。

MCIは、なまじっかコミュニケーションはしっかり取れ、また生活も自立して送れている(ように見える)だけに、見過ごされることがとても多いのです。

ちなみに厚生労働省の報告では65歳以上の4人に1人がMCIもしくは認知症である、という驚くべき事実もあります。

どう考えても高齢社会においてMCIは避けては通れない概念なのです。


軽度の認知機能低下は見た目では分からないので客観的な評価用紙を使おう

はじめにお話したように、自己管理が失敗するケースの多くには認知機能の低下が関わってきます。

しかもそれは案外軽微な認知機能低下、つまりMCIの状態から始まります。

医療関係者には認知機能を見た目でなんとなく評価できると考えている方はまだまだ多いのではないでしょうか。

しかし自己管理が失敗する人は、明らかな認知症という場合は少なく、グレーゾーンか、または一見正常な方が多いのです。

特にもともとコミュニケーションが得意だった人などは、自分の認知機能が落ちていることを他人に悟らせないような対応をすることもあり、少し話をするだけでは分からない場合もあります。

このような人に、評価用紙を使って認知機能を客観的に点数化してみると、「え?!この人普通だと思ってたのにこんなに点数低いの?」と驚くことも結構あるので、評価用紙を使うことがおすすめです。

評価用紙にはMMSEを使ってみよう

MMSE(mini mental state examination)は認知症の診断に用いられる検査です。
MMSEで見ているものは幅広く、認知機能だけでなく知的能力も反映すると言われています。

私も以前はMCIをうまく判別することができませんでしたが、MMSEを使って確認するようになってからは、比較的うまく判別できています。

ちなみにMMSEで27点以下の場合はMCIに相当する可能性があるとされます。

ただ上にも書いたようにMMSEは知的な能力全般を確認する検査なので、MMSEの点数には元々の知的能力や教育歴も反映されます。

ですのでMMSEが27点以下ならば全てMCIといつわけではありません。

しかし、MMSEが27点以下の場合は、病気の理解や疾病管理の甘さが目立つケースが多いことから、元々の知的能力も含め、疾病管理が自分1人でもできそうかどうかについてある程度当たりをつけるには、MMSEの点数で判断してもよいかもしれないなと考えています。

実際に、急性心筋梗塞などの比較的若い年齢の患者さんが多い疾患であっても、MMSEが27点以下の点数となる人は意外に多く、疾病管理がうまくいかず病気を発症する理由に、MMSEの低下に現れる知的能力や認知機能が関与しているのかなと感じることは多いです。

皆さんも是非MMSEを用いて、患者さんの知的状態や認知機能を確認してみてください。

MMSEの点数が低い場合

MMSEが23点以下であれば、認知症が強く疑われます。
また27点以下であればMCIを含む認知機能低下や低い知的能力が疑われます。

このような点数が出たら認知機能の低下と自己
疾病管理が困難であることを疑いましょう。

認知機能の低下が分かったら対処方法を考えよう

MMSEなどの評価用紙で、認知機能の低下が判明した場合は、「あー、この人認知機能が悪いんだー」で終わらせるのではなく、どのような対処法が使えるのかを考え、準備しておくことは大変重要です。

コミュニケーションや生活機能が著しく損なわれ、見た目でもわかるくらいの認知症が現れてからでは、打てる手がほとんど無くなっていることも多いです。

そのため、服薬管理や生活管理に何らかの影響が出始めるMCIを早期に発見しておくことが重要です。

MCIを早期発見し、有効な対策を行っておくことは、心臓リハビリテーション領域ではその後の病気の進行や再発に大きな影響を及ぼすはずです。

なぜなら早期からしっかりと予防的な治療を行うことが、心臓や血管の病気を進行を抑制するからです。

とにかく重要なのは、何度も申し上げている通り、MCIとなっている時点で、おそらく服薬管理や病気の管理が、その患者さん単独では難しくなるということです。

このような場合は、家族の協力や訪問看護など、患者さん以外の人や社会システムの力をどう生かすかが重要になってきます。

介護保険への道筋を早めから付けておくことが、後々に困った状況を回避・解決するための大事な一手になります。

認知症の状況になってから手を打っても、その頃には心不全も進行していたりして、時既に遅しということにもなりかねません。

また家族の介護負担をいかに軽減するかという視点からも、早期からの介入が望ましいと言えるでしょう。

認知症単体では介護保険が利用されるケースがまだまだ少ないかと思いますが、将来的な認知症患者となりうるMCIを発見した場合、先を見据えた対応を打つために、患者さんの家族に、介護保険制度の説明や、地域包括支援センターへの橋渡しを入院中からしておくことは意外と大事になります。

特に地域包括支援センターの存在を知らない方はまだまだ多いため、パンフレットなどとともに、居住地の地域包括支援センターの連絡先をお伝えしておくとよいでしょう。

またMCIの患者さんの同居家族に対しては、患者さんの病気を管理することの重要性をしっかりと伝え、できる限り疾病管理に協力してもらえるだけの知識をつけて、覚悟を決めてもらえるよう、入院中から濃厚に関わりを持つようにしましょう。

MCIの人が心不全になると管理困難度が跳ね上がる

MCIがあるせいで、服薬管理など、その後の経過に確実に影響する因子がうまく管理できていない、という事実を見過ごすと、心不全にならなくてもよかった人が心不全になったりします。

認知機能が悪いのに心不全になるというのは、ただでさえ自己管理の怪しい人に、管理方法の難易度が跳ね上がったミッションが発生するわけですから、MCIの方にとってはほぼミッションインポッシブルな状態になるとも言えます。

ですから、これまでに心不全症状が出現していないMCIの心疾患患者さんであれば、とにかく心不全を発症させないことが本当に大事になります。

また心疾患ではなく大動脈解離や大動脈瘤などの大血管疾患の患者さんであっても、高血圧がベースの疾患では高血圧性の心不全を急性発症することもあります。

このような高血圧性疾患を有する方では、心臓エコーで左室拡張能の障害や心肥大などの所見、BNPの上昇がないかについては目を光らせておき、しっかりと降圧をしておくことが重要と思われます。

心不全を既に有しているMCIでは環境をフル活用して対処する

心不全のあるMCIの方は、非常に困難な状況に置かれています。

この場合は、同居家族の協力は得られるのか、独居の場合は誰か同居してくれる人はいないのか、施設への入所は可能なのか、訪問看護などのサービス利用は可能なのかなど、可能な限り使えるものを考慮し、環境を調整することが重要になります。

高齢化時代の心リハにおけるMCIの重要性

ここまでお話ししてきたように、MCIは高齢社会では避けては通れない概念であり、疾病管理が重要となる心リハ領域では特にMCIの存在がないかを考慮することが必須となります。

しかもできる限り早く発見し、対策をとることで、将来の心不全患者さんの数や、どうにもならない状態になる人の数を減らせる可能性すらあるのです。

みなさんもMCIや認知症を考慮した心リハを行うことを是非とも考えてみてください。